どくんどくんどくんどくん。
警告音が、鳴り響く。
01:侵されない黒
耳元で甲高い声がして、伊達は目を覚ました。
真夜中と言うにふさわしい今の時刻、ゆっくりと起き上がり汗ばんだ髪をかき上げる。
浅い呼吸を繰り返し眼球の存在が消された右目に手を当て、指で触れた。
じわりと、指へ汗が滲み出す。
どくんどくんどくんどくん。
心臓の鼓動がやけに大きく聞こえ、それは段々速くなるように思え。
(うるせぇ…っ)
ぎゅ、と自身の胸倉を掴む。
布団へ流れた雫が丸いシミをつくった。
「くそ…っ」
吐き捨て、ダン!と畳を拳で叩く。
畳で肌が擦れ手にわずかだが血が滲んだ。
痛む頭を抑え、無意識に耳をふさぐ。
幼心に聞きたくなかった女の声が脳裏へ響き。
黒い感情が侵食してゆく。
ふらつく頭を振り、左目が目にしたのは。
部屋の隅―――伊達の布団と然程離れていない距離―――で座って眠る、風真だった。
途端、すっと身体から何かが抜け落ちたのを伊達は感じた。
全身が冷えたような感覚に包まれ、先程のような動揺が収まる。
代わりに、全てを支配するような黒い闇が。
伊達を動かした。
一雨来るかもしれない―――。
がそう思ってから眠りについたのは、もう随分と前だったような気がする。
座り眠ることには慣れた。
伊達は布団を用意すると言うが、腐っても、もとい見えずとも一応は忍。
いつ刺客がくるか分からない、しかも敵城で無防備に寝るわけにもいかず、いざというとき動きやすいよう隅で寝かせてもらっている。
たまに起きたとき毛布がかけられているのは、伊達の優しさなのか片倉の善意なのか、は知る由もない。
だから、当たり前の気配には反応が遅れたのだ。
息の詰まる圧迫感にはっと意識を覚醒させ。手を暗器忍ばせる腰に手を当てるが、時すでに遅い。
目の前の光景に、動きを止めてしまう。
自分の首を絞めるのが、見慣れた隻眼の男の、見慣れぬ表情をした伊達政宗だったのだから。
細く首に手をかけ、力を込める。
ぐ、と親指で喉元を押し付け4本の指を首筋に食い込ませ。
カクンと後頭部を後ろに倒して、象牙のように白い首を露にさせた。
黒髪が揺れ、ほつれ毛がの肩へ纏わりついた。
―――この女が、ココに居るから。
―――女が、ココに居るから。
―――お前さえ、いなければ。
「アンタが…いなくなれば」
「…っ」
口が大きく開いて、はっとしたようにの眼が開かれた。
最初は、驚き。次は衝撃。そして、
最後の感情はなんだろう?
は眉を歪ませ、伊達を見つめた。
弱弱しく小さな手で伊達のそれに触れ、自分から剥がそうとする。
の目に苦しさの所為で涙が溜まりの視界までも歪ませた。
泪が、頬を伝い流れる。
それを見て―――伊達は、口元をシニカルに吊り上げた。
もっと。
苦しめ。
苦しんで。
狂い死んで俺を恨め。
背を預けていた壁をズルズルと伝って体勢が崩れる。
べったりとの背は畳と密接しの身体の上に伊達は馬乗りのようになりを見下した。
苦しげに、はぼろぼろと涙を零す。
するり、と抜けるようにの手が重力にしたがって下へ落ち。
長い睫が伏せられ瞼が閉じられると。
途端、伊達は首元から手を離し弾かれたようにから飛びのいた。
は起き上がりゲホゲホと咳き込む。
酸素を胸いっぱいに取り込み涙を手の甲で拭った。
無意識のうちに首を手で押さえる。
の手の下の首には、伊達の手が絞めた指の痕がくっきりと赤く、残る。
どくんどくんどくんどくん。
警告音と、甲高い女の声が。
響く。
記憶に、頭に、心に。
「ま、さむね、さん…?」
は心配そうにおずおずとその名を呼ぶ。
「お前が、いるから」
あの女の夢を見るのか。
近づいたの手首を痛いくらいに、先程首を絞めた力とは比較にならないくらいの力で握り締め、言う。
その表情はが今まで見てきたどのカオの伊達とも合わず。
―――それはまるで、憎悪なんて言葉では言い表せないような。
そんな陳腐な形容では、表せないような、すべてを超越した、感情。
「―――大丈夫ですから」
手首の拘束をやんわりとほどき、は自身の胸へ伊達の頭を引き寄せた。
ポスンと効果音でも付きそうな包み込むような優しさをもって。
抜け殻のようになった伊達の身体を、ぎゅ、と抱く。
色素の薄い短い髪がの鎖骨あたりをくすぐる。
眼を開いて呆然としたような表情をし。
やっと―――息ができるような感覚に陥り。
瞼を閉じ、腰の辺りから背へ手をまわし、の柔らかな肢体へ自らの身体を押し付けた。
警告音は静まり返り体内の血液が流れ出す。
いつの間にか降り始めていた雨は漆黒の闇に溶けすべてを隠した。
不意に突かれた弱みも、記憶に秘められた憎悪も、胸に湧き上がった感情も―――
互いの、過去でさえ、今は。
視点の移り変わりが見難い話。駄目だなぁ自分。
伊達は本当に真剣なときは英語を使ってる余裕なんてないと思う。
この話を書き始めたとき、不慮の事故でとても恥ずかしい窒息死しかけた私です。窒息て本当に苦しいんだと思った。