『某の元に来ないか?』
そう言い自分に手を差し出したのは、目がちかちかするような赤の鎧を身にまとう炎のような男だった。

02:誘われる赤


「ー、はおらぬのかー」
大声で自分の名を呼ぶ主の姿を上から眺めながら、は溜息を吐く。
佐助は、仕事で出ていてしばらく帰らない。
我が主は佐助がいない時でないと自分を頼らないのかと、延々を呼び続ける男に心の中で愚痴た。
太い木の枝に腰を下ろしていたは、再度溜息を吐き右足を枝からずらして下へたらしブラブラと揺らす。
「ー、どこだー」
こんなにも忍らしからず気配を丸出しにしているのに、幸村はまったく気づかない。
敵意だとか悪意だとか殺意だとか、そういうものには過敏に反応するくせに。
その他自分に害をなさないであろう存在には、まったくもって、鈍い。
純粋と言うか、素直と言うか。
佐助がたまに幸村を見て「馬鹿だねぇ」とまるで母親のような優しい顔で言っていることは、本人には内緒だ。

本当に…素直すぎる。


『お主、こんなところでどうしたのだ?』
『……』
『家族はおらぬのか?何をしておるのだ?』
『…まってるの』
『?こんな山奥で、何を、』

『私が死ぬのを』


(…私も、そういう意味では素直だったけれど)
日の光が重なる葉の間をぬってこぼれをさす。
「おるのは分かっておるぞー!」
いい加減煩くなってきた幸村に、も重い(と表現するものの。実際に体重が重いわけではないが)腰を上げ。
「ー!聞こえておるのか―――!?」
「はい。なんでしょう」
木の枝に両足をかけ宙吊りになり、突如幸村の顔前へ現われた。
幸村にしてみれば完全なる不意打ちで、ビクゥ!と肩が大きく跳ねる。
しかしそんなことは佐助にしろにしろ日常茶飯事なので、は特に気を止めず幸村もすぐ平静になり。
「どこに居たのだ、探し回ったであろう!」
「そうですか、申し訳ありませんでした」
「まったく、真田忍隊の副長ともあろう者が自覚を持っておるのかっ」
「そうですね、そんな肩書きもありましたね」
にっこりと笑うに幸村は勢いを削がれ、はぁと溜息を吐いた。

「で、何か御用だったんじゃないんですか?」
「うむ、山を降りた街道に新しい団子屋が出来」
「もういいです分かりましたから」
キラキラと瞳を輝かせる幸村から、次の言葉は予測できる。
やれやれ、と思いながらは包みを取り出すと縛ってある紐を人差し指と親指ではさみ持ち上げた。
「これでよろしかったでしょうか?」
「おおっ、さすが、ご苦労であった!」
「どういたしまして。あ、手を洗ってからでないといけませんよ」
嬉々として団子に手を伸ばす幸村にはピシャリと言った。

「では!」
馳走になる、と合掌しの淹れた茶を片手に幸村は団子へ手を伸ばす。
3色の串にささった団子を口元へ運ぶ幸村を、は隣で横目に眺めた。
嬉しそうに、美味しそうに団子を頬張る幸村を見、の口元が柔らかく緩む。
の視線に気付いたのか、幸村は一度団子を口から離し、
「?は食べぬのか?」
「幸村さんに買ってきたものですから」
「某一人ではもったいない、お主も食せ!」
「そうですか、では一本いただきます」
「うむ!」
幸村は団子がの口へ届けられるのを見ると、口の両端を上げて嬉しそうに笑う。
感情のままにコロコロと表情を変える幸村を見るのはも好きなので、別段嫌な気はしない。
けれど、
「…そんなにじっと見ないでください。照れます」
さすがに食べているところをじーっと見られるのは恥ずかしいものがある。
「すまぬ」
苦笑し、幸村は茶を一気に喉へ流し込んだ。
「の淹れる茶は日本一だな!」
そう言って、笑う。
幸村に褒めてもらいたくて一生懸命幸村の好みに合わせようと練習したのだ。
おかげで猫舌の佐助には熱すぎだと言われるけれど、信玄や幸村には淹れるたびに褒められるようになった。
けれど、幸村の言うことは、実はあまり当てにならない。
以前、信玄が淹れた濃すぎだというほど濃く淹れた阿寒湖特性毬藻茶のような物体を見「お館様の茶は世界一でござるぅ!!」と言っていたのを聞いた記憶がある。


「…幸村さんは、戦が終わったら何がしたいですか?」
「某か?」
うーん、としばらく考え。

「腹いっぱい団子が食いたいな!!」

満面の笑顔で言い。

「美味であった、礼を申すぞ!」
の頭を撫でる。

「…どういたしまして」
「佐助も居れば良かったのだがな」
「また買ってきます」
「ところで」
「なんでしょう」
「佐助はどんな仕事で出ているのだ?」
「偵察ですよ。聞かなかったんですか?」
「ほう。して、いつ頃帰ってくるのか?」
「さぁ…。確かなことは言えませんが、あと2・3日程度ではないかと」
「」
「なんでしょう」
「お主はこの戦が終わったら何がしたい?」
「…そうですね、とりあえず」

赤い男と黒い女は、共に同じ空を見上げ、違うことを思う。
幸村は、この先の知らない不確かな日々を朧げに思い。
は、赤に誘われた過去の確かな日を鮮明に思い出し。

「佐助やお館様も一緒に、お花見がしたいですね」



ドラマCD聴いたら若干書き直します。
火原的に「馬鹿」と「莫迦」では意味合いを変えて使い分け。