時は少しばかり遡る。
それはまだ、お互いの存在を知らない頃の話。

03:揺るぎない青


ツ。

足音を立てずに呼吸を殺し、は天井裏を這っている。
板の合わせ目を軋ませることもせず、徹底して気配を殺すその様は慣れた刺客を思わせた。
真暗い夜闇が世界を包むこの時刻で、天井裏はおろか部屋すらも光が射すことはない。
揺らめくろうそくの炎のみが唯一の灯りと言えるもので。
僅かにこぼれるその光を頼りには先へ進む。

奥州筆頭、伊達政宗が拠点とする青葉城。

そこはにとっては未開の地にも等しかった。
唯一与えられた情報は青葉城の場所くらいのもので、それでもありがたいと思わなければやっていけない。
はそう割り切っている。
いくら佐助と言えど、私情と仕事では別問題だ。必要以上の情報は与えてくれない。もしが望んだとしても、自分で集めなければ仕事にならないと断るだろう。
それが暗にの成長を願う優しさだと知っているからも文句を言うことはなく。
部屋の間取りなどは青葉城の一室(書庫のようなものだろうか)で地道に調べた。

そして今向かっているのは、目的の人物―――奥州を束ねる伊達政宗の部屋である。
ちなみに暗殺命令ではない。蛇足だが、今武田軍は前田領攻略にいそしんでいる途中だ。奥州まで同時に敵に回すような愚かな真似はしないだろう。
急に勢力を伸ばしてきた奥州で筆頭を務める『伊達政宗』の視察とでもいおうか。

は目的の一室の上と思われる天井裏で足を止め身体をうつ伏せにピッタリと板とくっつけ、天井板の合わせ目に目を寄せる。
少しの隙間から中を覗き、耳を済ませた。
色素の薄い髪が見える。
白の着流しを着た男が、机へ向かい手を動かしている。墨の匂いと筆を動かす音に、書き物をしているのだろうかとは思った。
髪の隙間からちらりちらりと見え隠れする黒い紐のような一筋が何なのか、まだには分からない。
男の傍らに置いてあるのは6本の刀。

だとしたら、やはり。
この男が伊達政宗だろうかとは推測する。そしてきっとその推測は外れていないのだろう。


1刻ほどそうしていたが。
ふと聞こえた溜息と共に、男が筆をすずりにかけたのが分かった。
書き物が終わったのだろう。男が書いていたものが何であるかまでは視力のよいでもよく分からなかった。…単に、に学がないだけかもしれないが。
こらしていた目をしぱしぱと瞬きさせ、少しの間目を閉じる。

その音が―――刀の鍔鳴りが聞こえたのは、完全なる不意打ちだった。

天井が斬り裂かれ足元が消え去り、の身体は天井だった残骸と共に重力に従い地に落ちる。
そのまま落ちていたなら間違いなく六爪流の餌食だったが、そこは忍―――しかも真田忍隊の副長を務める中忍、咄嗟に身体を壁を使って弾かせ繰り出された剣技を紙一重ですり抜け畳へ降り立った。
天井をぶち破る轟音とは対照的にストンと極めて軽い着地音を立て、は畳へ手をつき跪く。
「さて…一体この俺に何の用だ?お客さんよ」
低い声が頭上から振り、それの持ち主が目の前の男であることを知る。
軽い口調とは裏腹な、恐ろしいまでの殺気に―――。

ゾクリと、の首筋に汗が伝った。

「こりゃぁcuteなお客さんだ。俺を()りたいんだろ?女だからって遠慮はいらねぇ、さっさとかかってこいよ」

勝ち目なんて、あるはずがない。

はそう判断し、なんとかこの場を逃げ切ろうと頭を回す。
だが、敵と面と向かって対面しているこの窮地で浮かぶ案などどれも不確かで不出来で中途半端で。
とにかく注意をそらそうと足に隠してある暗器に手を伸ばす。しかし、それは目ざとく見つけた男に足では手を蹴り上げられ、サクリと畳に針が刺さった。

「女を寄越すとは俺も随分舐められたモンだなぁ?とりあえずその面拝ませてもらおうか」
男のたくましい指がの顎を捉え、ツイと流れるように、かつ強引に顔を上へ向かせる。
そこで、初めては男の顔を見た。
色素の薄い短い髪が些少はねていて。
端整なつくりの顔立ちをしていて。
眼帯で片方隠れてしまっている目は綺麗な青。
誰よりも月の似合いそうな雰囲気の美丈夫に、は一瞬恐怖も不安も何もかも忘れてしまった。

「…Oh……」

低い声が、唇から漏れる。

「…―――beautiful girl.」

その言葉の意味は、には、理解できない。

「…一応確認しますが、『独眼竜』ですよね」
が口に出せたのは、それしか頭に浮かばなかったからだ。

『独眼竜』。

隻眼の奥州を束ねるその男は、そう呼ばれる。
形容と言うよりは一種の渾名や志々名に近い。妥当なところで通り名か異名か。

「Yes.俺をそう呼ぶやつもいるな」
「すみません部屋間違えました失礼します」
待てコラ
逃げようと体を窓へ向けたの首根っこをむんずと掴み、伊達は6本のうち5本の刀をバラバラと落とした。
ダダダダダ!!という足音がし、勢いよく障子が開かれる。
「殿!いかがなされました!?先程の音は…」
目元にほくろのある男が慌てて部屋へ入ってきて。
突然のことには一瞬呆け、伊達は予測済みだったのかさして慌てもせず青年を見やる。
「侵入者だ小十郎。どうなってやがんだ城の護りは」
「申し訳ございません、被害が皆無だったため気付けませんでした」
青年は一筋汗を流しを見やり。
「いずこの手の者で?」
「さあな」
「…許可さえいただければ私が」

安易に予測できる言葉。
優しそうな落ち着いた外見と物腰柔らかな雰囲気とは裏腹に、青年は―――片倉小十郎という男は、拷問におけるスペシャリストだった。
主人に危害を及ぼすものならば、それがたとえ女子供であろうと情け容赦は一切なく。
その様は影で『鬼』と呼ばれたほど。
今は消え去った伊達の右目を抉ったのもこの男だということは、の知らない事実である。

「NO」

部屋に、伊達の声が響いた。
「コレは俺が預かる。久々お客さんだ、俺が相手してやるのが礼儀ってモンだろ?」
そう言うと、伊達は少しばかり身を屈めて右腕をの腰に回すと、肩の上にぞんざいに担ぎ上げる。
「殿」
「お前にまかせたら折角の上玉も見る影がなくなっちまいそうだからな」
「殿!」
声を荒げる片倉に、は伊達に助けられたのだと悟る。
その意図は分からないけれど。
「そう心配すんな小十郎。生かすか殺すかは味しだいだ」
「あ…っ」
顔を紅く染める片倉はの角度からは見ることができず、また、伊達の言うことの意味も理解できず。
伊達は足で襖を開け敷かれた布団の上に乱暴にを投げ降ろした。
とりあえず、でも、これから先何をされるのかくらい察し。
ピシャリと後ろ手で襖を閉める伊達を見据える。

「アンタは拷問なんかじゃ口を開きそうにねぇからな。身体に聞いた方が手っ取り早そうだ」

シニカルに口元を歪め、伊達はの上へ馬乗りになった。
逃げようとするの手を布団の上で縫いつけるように握り、足は真っ先に自身の足で組み敷き。
その様は、女に慣れていることを告げる。

「どう、して、そう思われるのかお聞かせいただけると嬉しいのです、が」
「んなこたぁ、目を見りゃ分かる」

すべてを見透かすような深く青い瞳に、の姿が映り。

「アンタにはできるだけ汚れたモン見せてやりてぇなぁ?そのclearな目が汚される瞬間を」


それが、この嗜虐的な男―――『独眼竜』伊達政宗と、風真の出会いだった。



伊達のセリフは某大河の筆頭局長を意識してる気がしなくもない。
もっと伊達をサディスティックに書きたかったのに…!!まあ普段よりSな政宗公が書けたのでそれはそれで良し。