息をするように、簡単に人を殺せる。
自分がそうなってしまったのはいったいいつ頃だったかと、物言わぬ死体に囲まれた中心では思った。
05:照りつける黄
むしりと。
草を踏みつけ、草を掻き分け、目を皿にしては探す。
それは滑稽とも言える行為だったけれど、何の意味も持たないことだったけれど。
「…なにしてんの、」
いつものように木にぶら下がった体勢で現れた佐助に、動じることなくはにこりと微笑んだ。
「四つ葉、探してるの」
「四つ葉ぁ?」
指を土だらけにして葉を探すに、佐助は訝しげな表情を浮かべる。
よくもまぁ戦終わってすぐ後に、と呆れも混じっているように感じられた。
しかしそんな佐助の真意を汲み取ってか取らずかは再び一面の緑へ向かい合う。
丁寧に草を掻き分けるの指を見ながら、佐助は木から地へ飛び降りた。
「幸せを運ぶ四つ葉の葉か」
カリカリと頭をかき、佐助は自分を見ることのないを見下す。
無防備な背中。
殺そうと思えば安易に殺せるであろう程の隙を晒すとは、忍にあるまじき行為だ。
仮に――たとえ話として――佐助に何かあったとき、彼に代わって真田忍隊を指揮するのはこの女だと言うのに、そういう雰囲気をまったく感じさせない。
幸村ではないが、本当にもう少し自覚を持って欲しいと思った。
「やっぱり女だねぇ。信じてんの?そーいうの」
軽くからかいの意を込めて佐助は言う。
「…別に、信じてなんてないけど」
視界を覆いつくす緑の三つ葉。
そのうちの一本をプツリと千切り、は目を細めた。
長い睫が、黒い影を落とす。
伏せられた目を見下ろす形で眺め、佐助はチクンとした胸の引っかかりを覚えた。
魚の小骨が喉に引っかかる程度のその痛みに気付かない振りをする。
気付かないすなわち、その意味を理解することもしなくていい言い訳にして。
「幸せって何かな、佐助」
独白にも似た呟き――だが、確実に佐助への問いかけであるそれを耳にする。
「…なんだと思う?」
「問いを問いで返すのはずるい」
「んっじゃー、俺からの新しい問いかけって事で。幸せって何だと思う?」
は、うーんと唸る。
「…何だろう」
「の幸せって、何?」
「真田のダンナに聞いたら、お館様のお役に立つ所存がどーたらこーたら言いそうだよな」と軽口を叩き、佐助はに問う。
は、無意識に地に着いた手で手元の草を握り締めた。
自分は今生きている。
それは確かな事実で、けれどその生は、自分と関係のない人間の命で構築されていて。
他者の命を奪って、自分は忍として生きている。
武田の地へ帰れば戦神だのなんだのと言われるが、他国からしてみればただの大量殺人者にすぎない。
『誰か』の幸せを奪ってまで、自分が手に入れたいと願う幸せとは、いったいなんだろうか。
ぐるぐると考えていると、不意にポスッと頭の上で手を置かれた。
「は考えすぎなんだよ。所詮この世は弱肉強食、強けりゃ生きて弱けりゃ死ぬ。それが戦国の乱世だ」
「…うん」
「人を殺すのもお仕事のうち、って割り切んないと、この先辛いぜ?」
「……うん」
分かっているのだ、とは自分に言い聞かす。
それでも。
心苦しいと、辛いと思ってしまうのは、やはり自分が甘い所為なのだろうか。
またぐるぐると考えていると、佐助の苦笑と共に吐き出された溜息が聞こえた。
髪を撫で付けるように優しく頭を撫でる佐助の存在に、はひどく安堵する。
ぐしゃぐしゃに握りつぶしてしまった緑の葉は、もうクッテリとして生気を失っていた。
「多分、そんな難しく考えることじゃないさ。幸せの形は人それぞれってね」
「…じゃ、佐助の幸せは?」
「俺?俺様はー…んー、」
佐助は立っている姿勢から中腰になり、右手での左頬を捉え。
俯きに近かったの顔をクッと上に向かせる。
そして、いつもの笑顔を浮かべて「アンタ。」と言い放った。
は目を点にして私?と顔に疑問符を浮かべる。
「そ。が笑ってくれたら、それで俺のシアワセ」
ふざけているのかとも思ったが、佐助がこの手の話で冗談を言ったことはない。
いつも笑っているではないかと言えば、そういうのではない、と返される。
「作ってる笑顔じゃなくって、あー…なんて言えばいいんだろうなぁ」
本人意識していないのだろうから、佐助としても説明しにくく。
考えあぐねていると、ふとの足元に“何か”を見つけた。
「見ぃーっけ」
プチッと音を立て、他の群峰から切り離される。
探し求めていた、四つ葉の葉。
「――っ、すごいすごいっ!佐助は幸せを見つけるのが上手いねっ」
興奮し、心から凄いとは賞賛した。
佐助の顔を下から見上げ、ふわりと、笑う。
面食らい、今度は佐助が目を開き。
「…その笑顔」
ポツリとした呟きは、には届かない。
ああ、探しても探しても、幸せなどどこにもないのなら。
せめて、この一瞬を大切にしたいと。
幸せのイメージが黄色なんです。