どっちでもいいからこの口寂しさを紛らわせろよ。
アンタが代わりなのかアンタの代わりなのかは知らねぇがな。
08:ひとひらの灰
「それ、おいしいですか?」
が伊達の持つキセルを指差し尋ねた。
これまでにも何度かの前で吸った事はある。唐突な質問だっただけに伊達は若干反応が遅れた。
己の顔を下から見上げるに眼を向ければ、純粋に分からないのだと言う視線を向けられ。
「―――…」
しばし考え自分の口元からキセルを引き抜くと、伊達は何も言わずの口へそれを突っ込んだ。
は、ほぼ条件反射で、それを吸い。
「…っっ」
途端にゲホゲホと激しく咳き込んだ。
「Ha!思ったとおりの反応をありがとよ」
「ちょ…っ、いきなり何するんですかあなたはァ!?」
は喉を押さえ目尻に涙を浮かべ、上目遣いで伊達を睨む。
しかし涙目で睨まれたところで怖くもなんともなく、むしろ本人の意思とは別に男の嗜虐心をくすぐるだけだ。
特にこの、人一倍嗜虐的な男相手には。
「お子様にはまだ早いってこった。understand?」
「…別に、吸いたかった訳じゃないんですけどっ、」
伊達はクッと喉で笑い、キセルを再び己の口へ運ぶ。
煙を肺いっぱいに吸い込みひと時の安心感を得る。
「…おいしいですか?」
は同じ質問を繰り返す。
自分が吸った限りとてもおいしいとは思えない代物だ。おまけに体に悪いような気がする。
「No.美味くはねぇな」
「じゃ、どうして吸うんですか?」
―――何故だったろうか。
煙草を吸い始めたのは、天下覇権を握るための最初の戦に投じた夜だった。
あることから気を紛らわせようと手を出してみたが、これが中々効果的で。
以来手放せなくなってしまった。
それが本来煙草が持つ依存性の所為だったのか、理由は定かではないけれど。
「止められねぇからさ。味を占めればやみつきになる」
伊達は依存性の所為にすることにしたらしい。
口元に絶えず笑みを浮かべ、一度吸い込んだ煙を吐き出す。
片手に三振りもの刀を握る太く長い指でキセルの管を挟み操る姿には色気すら感じる。
「でも、体に悪そうじゃないですか」
依存性のあるモノが、体に良い筈がない―――。はそう判断し、伊達に止めるようすすめる。
「ま、百害あって一利なしっつー言葉もあるくらいだからな」
肺を冒されるやつもいる、と伊達はどこか他人事のように答えた。
―――事実、他人事なのだが。
「なのに、吸うんですか?」
「No problem.俺様はそんなヤワじゃねぇよ、honey.」
心配そうに揺れるの視線をその身で受け、伊達は心地良さそうに瞼を下ろす。
この世で最高だと自分が思っている女に心配されるというのは、なかなか気分のいいものだ。
「けど、」
そんな伊達の思いは露知らず、も食い下がることをしない。
なんであろうと、害があるというのは本当のことなのだから。
は腰を上げ、窓に腰掛ける伊達の傍へ寄りキセルを取り上げた。
青い目がを映しギロリと睨む。
「物分りの悪いコだな。これがないと口寂しくていけねぇ」
そう言って伊達はの手からキセルを奪うようにして取り返し、再び口付ける。
「口が寂しいなら、何か他のものでも…」
が言いかけると伊達は考える素振りも見せず、
「Please kiss me.」
一言告げる。
「…異国語は分からないんですってば」
「Please kiss me.そのcuteな唇で俺を満たしてくれよ。you see?」
はキョトンとした顔を見せた。
「口寂しいんだよ。紛らわせてくれんだろ?チャン」
顎に手をかけ引き寄せ、の耳元に唇を寄せ伊達は囁く。
は驚きに大きな目を零れ落ちんばかりに開いて。
手で伊達の頬を捕らえ、その薄い唇に自らのを押し当てる。
触れるだけの、何の快楽も伴わない接吻。
それは、母親が子供の額にするソレと似ていて。
「Ahー…温いねぇ」
ポツリと伊達は洩らしククク、と喉で笑って、キセルの中身をひっくり返し窓から外へわずかな灰を捨てる。
そして煙管置きへキセルを置いて。
「Ha,ha!OK honey.coolなkissのお礼に俺がアンタをheavenに連れてってやるよ」
「…は?」
そして視界が反転する。
のすぐ目の前には、伊達の整った顔と、その後ろに天井。
「Are you ready?It's show time!」
には理解できない異国語で、隻眼の男は至極楽しげに言った。
伊達は煙草を止めないに一票。こっそりどころか堂々と吸い続けるに違いない。