本日晴天なり。
甲斐はそれなりに平和です。
10:解き放たれた鶯
「…どういう状況なわけ?」
佐助は普段つけている額あてを珍しく外し、腰に手をあて問うた。
その前には、正座して座ると幸村。
『幸村さんー!カニだ、カニがいますよー!』
『うお館様ぁあ!!カニでござる、カニでござるぅぅぅ!!』
『慢心するな幸村ッ!!戦場ではどこから敵が来るともしれんぞぉお!!』
『ゆ、指が…ッ、ハサミにカニで指を挟まれましたお館様ぁあ…!!』
『待っておれ幸村ぁあ!!』
『お館さばぁあ…!!』
『幸むるぁ…!!』
『幸村さん幸村さん、ハサミとカニが逆』
『お館様のお手を煩わせるなどこの幸村、一生の不覚…!!かくなる上は某、これ以上のカニを持ってお館様に捧げる所存!』
『うむ、期待しておるぞ幸村!』
『待っていてくだされお館様ぁあ!』
『待っておるぞ幸村ぁあ!』
『え、幸村さんどこ行くの待ってくださいー!』
「で、その後は?」
佐助はズキズキと痛んできたような気がする頭痛に、こめかみを人差し指で押さえた。
溜息をついて先を話すように促す。
幸村は最初からむすっとした表情を変えず、は困ったようにへらっと笑った。
「…カニは見つけたんだけど」
『見よ!あれは先程のカニより大きくはないか!?』
『あ、本当だー。随分大きそうですね』
キラリンとでも効果音の付きそうな目で幸村はカニを見、目を光らせる。
そして、カニは。
あまりの幸村の眼力に―――カニがそれを察せたかは到底分かるはずもないが―――ビク!と身体を跳ねさせ。
カサカサカサと猛スピードで歩き始めた。
『な、なんと!?』
(…幸村さんに怯えて……?)
『某、見つけた獲物は決して逃がさぬぁ…!』
『幸村さん、それじゃ獣と変わらないよ』
しかしそんなの言葉も聞こえていないのか、幸村は猛然と走り出す。
足場は悪くカニに分があるように思えたが、そこは幸村の人間離れした足腰の強さでカバーだ。は忍なので幸村の後を飛ぶようにして余裕で追っている。
段々距離は縮まり、カニもお縄のときを迎えるかと思われた。
そして、とうとう幸村の手がカニの胴体を掴み。
『やりましたぞお館様…っ』
『良かったですね幸村さん』
とてもいい笑顔で幸村はカニを高々と持ち上げた。
『…ところで』
『なんでしょう』
『ここはどこだ』
『……』
『……』
『叱ってくだされお館様ぁあ!!』
『えー嘘だこの年で迷子?』
『佐助ぇぇぇ!』
『佐助―!』
『…なにやってんのアンタら』
「で、佐助が来た、と」
「へぇ…」
佐助はピキ、と額に青筋を浮かべ。
左手で幸村、右手での後頭部をそれぞれ掴み。
ゴツゥン…!!と鈍い大きな音が部屋を包んだ。
「い…っっ」
「何をする佐助!!」
涙目で二人は頭を押さえる。
「知らない人について行っちゃだめって言ってるでしょうが!!」
盛大な怒鳴り声で佐助はさらに幸村の頭に拳骨を落とした。
怒りの矛先が幸村にしか行かなかったのは、きっと普段の蓄積された鬱憤の所為だろう。
「佐助、人じゃなくてカニだよカニ」
「黙ってな」
「それまでにしてやったらどうだ、佐助」
障子がスラリと開き、この場には居なかったはずの人物が佐助を静止する。
「お館様!」
「甘いですよお館様。ダンナにはビシッと言ってやんなきゃ分かんないんですから」
幸村が嬉しそうに声をだしたが、厳しい佐助の指摘にものすごく嫌そうな顔をした。
「しかし、無事でなによりだった。すまぬな幸村につき合わせてしまって…」
「お館さま…」
よしよしとの頭を撫でる信玄にすっかり佐助は毒気を抜かれてしまい、呆れたようにふうと溜息を吐いた。
信玄とて心配していたのだ。幸村一人ならまだしも娘のように思っているまで長らく帰ってこないものだったのだから。
「幸村!今後はこのようなことがなきよう気をつけよ!」
「ありがたきお言葉にございまする、お館様!」
「幸村ぁ!!」
「お館様ぁ!!」
「幸村ぁあ!!」
「お館様ぁあ!!」
「…また始まった。お二方」
もうちょっと周りを考えて欲しいもんだね、と佐助はぼやきながらの肩へ手を置き、回れ右して部屋の外へ出る。
「でも本当、勘弁してちょーだいよ。忍がそんなでどうすんの」
「…返す言葉もないよ……」
「ま、大事にならなかったから良かったけど」
肩に置いていた両手をそのまま前へずらし佐助はを抱きよせた。
「あんまり、心配かけるな」
いつもと違う真面目な口調にはしみじみと反省する。
黒髪に佐助は顔を埋め、の前髪を梳いて額へ優しく唇を当てた。
「破廉恥であるぞ佐助!!」
「…またこのオチかよ!」
「!うぐいす、うぐいすの泣き声がしたでござるぅ!」
「こっちがオチかよ!?っつか懲りてねぇなアンタ!」
たまにはこんなギャグも書きたくなる。ああ楽しかった。
うぐいすの泣き声は幸村の空耳です。聞き間違いです。