声を聞けば、口元が緩む。
名を呼ばれれば、安心する。
笑みを見せられれば、どきり、と。
11:数え足りない梔
佐助は、一応部屋を与えられている。
しかし佐助自身がその部屋を利用することなど一日単位で数えれば片手では足りないが両手では確実に余ってしまう。
寝るか、武具を研ぐかたまに本を読むかのどれかかくらいだ。
もっぱら―――の昼寝部屋と化している。
勿論も自分の部屋を持っているし、夜に床へ就くときはそちらの部屋で寝ているのだが、何故か昼寝は佐助の部屋が多い。
忍らしく木の上で、などということもあるが、一度落ちてしまった経験があるだけに幸村からこっぴどく叱られてしまった。
信玄への報告も終わり額当てを外した佐助は自室の襖を音なく開ける。
一番に目についたのは、予想通りというか――布団を敷いて、完全にお休みモードに入っているだった。
しかしきちんと布団を被っているのならまだ良い。
敷布団だけはひいて、自身はその体の上に布団を被っていないから問題なのだ。
風邪をひいてはいけないからと何度も言うのだが、がその言いつけを守ったためしがない。
なぜ守らないのかと聞けば単純に忘れているからだと本人は返す。
事実その通りなのだろうが、毎回心配かけられてはこちらもたまったものではない。
(こんな子が忍とは、世も末だねぇ…)
佐助は、こういう無防備な姿を晒すを見るたび思う。
すやすやと自分の目の前で眠りこけるその姿は、ただの17歳の少女に他ならない。
これが一度戦場に出ると悪鬼を振るいあがらせる鬼神となるのだから世の中恐ろしい。
の頬に触れる。
眉がピクリと動いたような気がしなくもないが、起きる気配はない。
きめ細かな肌がしっとりと佐助の指に馴染む。
ふに、と頬を掴み。
「いつまで寝てんの?ほら起きな」
とろんとした目をさせ嫌そうに眉を潜めるは、軽く手で佐助の手を振り払い。
あーそういや寝起き悪かったんだっけか、と佐助は思い出す。
「…佐助?いつ帰った?」
「随分前に」
フッと笑う佐助に、はむっと口を曲げる。
ごしごしと目をこすり完全なる覚醒を試みるだが、どうも自分の思うようには進まないらしくなかなか目が覚めない。
やがて諦めたのか、手の動きをぱたりと止め再び瞼を閉じた。
「おいおい、だから寝るなって」
「うー…」
「ほら、風邪引くだろ?」
「引かないよ……多分」
「自信ないなら言うな」
佐助はそう言って呆れたような視線を投げかけ、軽くの頭に拳骨を落とす。
は「ふえ…」と情けない声を出すと、四つんばいになりずるずると這うように押入れに進んだ。
片手で押入れを開けると両手で掛け布団を取り出しまた元の位置に戻ってくる。
そして佐助の目の前で敷布団の上に横になりとってきた布団を被ると、
「おやすみ」
「おい」
また寝ようとするの頭をがしりと掴み、佐助はこめかみに青筋を浮かべた。
「風邪ひかなかったらいいんでしょ?」
「そういう問題ではなくてね。ここ俺様の部屋なの、アンタの部屋はもっとあっち」
「…じゃ佐助も一緒に寝よー」
「…あのねぇ」
男と一つの布団で寝るという行為を、はどういう意味だと思っているのか。
肌を重ねた間柄ではあるけれども、それは忍としてのイロハを教えている過程のことであったし、どうにもこの少女はそういう方面に疎いらしい。
人並みの羞恥心は持ち合わせているようだが。
「…ま、これくらいお休みもらっても罰は当たらねっか」
「そうそう」
ふう、と溜息を吐いて、佐助は布団をめくりの隣へ入り込む。
すると人肌を求めてかは佐助の胸元の着物を握りひっついた。
人で暖をとろうとするの癖を佐助はよく知っていたので、今更何とも思わない。
ぽかぽかとした日が襖をはさんで部屋へ入り込み、すっかりと寝入ってしまったの寝息を聞き、佐助はうとうとと段々瞼が重くなる。
遠くで聞こえる「お館様ぁー!」「幸村ぁー!」という声を耳にしながら。
この主人公寝てばっかりだ。