死ねない。死ねない。まだ死ねない。
どうせ死ぬのならあの人の盾に。
12:紡がれる朱
ボタボタ、ボタボタ。
動けば、否動かずとも血液が大量に流れた。
ばっくりと開いた傷口を止血し手で押さえているが、思いのほか傷は深いようで布が真っ赤に染まっている。
焼けるように喉へ何かが込み上げ、咳き込みその液体を吐き出した。
ぬるりとした感触と鉄の味が口内へ広がる。
口の端から流れる血をそのままに、は木の幹へ手をついた。
幹へ、赤い手形が残る。
「…っ」
ぐらり、と身体が傾き。
そのまま木の方へ寄りかかるように倒れこみ、ズルズルとできるだけ体に負担をかけぬようは座り込んだ。
傷を押さえた手の平から、指の間を抜けた血がのぞき衣服を濡らす。
どくどくと流れゆく鮮血を、はぼーっと眺めた。
大量の出血による体温低下の所為か震える身体。普段日に焼ける生活をしていないためか白い肌に血の赤はよく映える。
「止ま、って…っ」
ぎゅっと傷口を両手で押さえ。
縋るように、居もしない神に願った。歩くのを止めた途端考えないことにしていた『死』への恐怖がわきあがる。
まだ、死ねないのに。
まだ幸村の役に立ってはいない。
まだ信玄の上洛を見届けていない。
まだ、佐助に、たった一人のトモダチに、さよならも言っていないのに―――。
手のひらへ視線を向ける。
赤黒くこびりついた血液はのものも、まったくの赤の他人のものも混ざり合って。
まるで感情まで混ざり合うような感覚がした。
嫌だ、痛い、死ねない、死にたくない、怖い―――。
「おい。…死ぬのか?おい」
不意に聞こえたソプラノの声にはゆっくりと顔を上げた。
流れる金髪が目に入り。
青い瞳が、何も語らずこちらを見つめている。
たった一度戦場にて合わせたその顔に、はぼんやりとした頭で記憶を辿った。
そして、上杉のところの忍だ、と自分を納得させる。
誰かが分かったところで、その意図まで読めるわけではないが。
「…佐助、と、同郷の、忍さ、ん」
途切れ途切れに発した言葉は、自分でも笑いたくなるほど可笑しくて。
クッ、と喉で笑う様はいつものからは想像できないほど歪んだ雰囲気を持つ。
「…私、死にますか」
「…そうだな。死ぬな」
やっぱりなぁ、とは自嘲気味に笑った。
止まることを知らない血液の流れは、確実に時の流れと比例しての命を侵していく。
ヒュー、ヒュー、と掠れた呼吸音が妙に大きく耳へ届いた。
「…死ぬのか」
再び聞こえた声は、先程自分が肯定したくせに同じ問いを繰り返すもので。
上手く回らない頭でようやく理解する。
(優しすぎるんだなぁ、…きっと)
願わくば自分もそうなりたかったと、死ぬ間際になって思った。
「…死にたくない、なぁ」
幾人もの命を奪ってきた自分が今更、生に縋りつこうなんておこがましいことだと分かっているけれど。
図々しいことは百も承知。
虫の良い話だと言うのも、全部、全部知った上で願う。
「まだ、…死ね、ない……っ」
傷口を押さえつけていた手が、持ち上げられた。
疑問符を浮かべるとすぐに激痛が襲う。
「我慢しろ。…すぐ塞がる」
たっぷりと薬を塗りたくられ、きつく布で縛られ。
確かに失血は止まりそうな気がした。
元々甲賀忍は薬の扱いに長けているらしい。何故今佐助に入れられた知識を思い出したのかは分からないけれど。彼女も甲賀忍だけに薬の扱いは上手いのだろう。
何にせよ、この状況で、たとえそれが何か策略で利用されるようなものだったとしても、生き永らえさせてもらえるのはありがたいことだった。
「…どうし、て、助けて、くれるんで、す?」
相変わらず途切れ途切れの言葉は、きっと相手にしてみれば聞き取りにくい言葉だったことだろう。
「…今は、敵ではないからな」
は目を丸くして、まじまじと彼女の顔を見つめた。
「―――そんなに私を見るな!」
「え!?あ、ごめんなさい!?」
いきなり怒鳴られ今度は驚きの表情を浮かべてしまう。
「…あまり、動かない方がいいぞ」
「あ、ありがとう…ございます」
背を向け、突如飛び上がりかすがは木の上からを見下ろした。
「です」
次は、かすがが疑問符を浮かべる番だった。
「私は、風真です」
「忍が名前を名乗るなんて…」
「はは、私も以前同じ事を、思い、ましたよ」
「…かすが」
ヒュッと気配が消えたことを感じ、はかすがが完全にこの場から姿を消したことを悟る。
「縁がございまし、たら、また」
は、すっと目を閉じ、凄い速度で近寄る慣れた青い気配を感じながら眠りに付いた。
状況的には、奥州とどこか(明智ら辺が妥当)が戦争してて、は運悪く巻き込まれ。
農民とかが偶然襲われてるのを見てかばったらうっかり深手を負ったと。
かすがは謙信に言われて視察に来てたのです。
そこで農民をかばうにちょっと無意識に好感持っちゃって助けたと。