心ゆくまで貪り喰らい味を堪能したいと思うのは罪?
14:滴りはじめる蜜
いつもは、手を伸ばせば届く距離に居る。
伊達は片手を伸ばし女性特有の柔肌に触れるが、は伊達と目を合わせただけで何も言おうとはしない。
指先でくすぐるように肌の表面を撫でると、若干幼い印象を持たせる顔が愛らしく歪む。
どこか遠くを見ているようなとろんとした目では伊達を見つめ。
いつしか握られた腕を引き寄せ口端を上げて笑み、隻眼の男は白い腕に口付けた。
唇の感触が直に伝わり、くすぐられたような感覚には体温が上がるのを感じる。
当てられた唇が開いての腕を銜え、舌で触れ、歯をあてがい、きつく吸い上げ。
へ見せ付けるようにして腕へ舌を這わせ、伊達はと視線を絡める。
片目でも十分射抜くほどの迫力を秘めた眼光が夜の闇に光り、はその青い瞳の奥に暴れまわる龍のような獣を見た気がした。
「…逃げねぇのか?」
「言えば逃がしてくれるんですか?」
やんわりと微笑するに、今度は伊達がわずかだが眉を吊り上げる。
「It's no joke.」(まさか)
太く骨っぽい指での首をくすぐると、伊達はクツクツと喉で笑った。
性交のための愛撫というよりも猫をあやすのと同義のようなその仕草に、は気持ち良さそうに瞼を閉じる。
「…元より逃げる気もありませんけれど」
ペタリと頬に当てられた大きな手に上から触れ、窓辺へ体を預けるように傾いた。
さてどうしようか、と伊達は気だるい頭で考える。
思いついたように、言い方を変えれば欲望のままにへ触れたはいいものの、その先を考えていなかったと今更ながらに思う。
事へ及ぶのならば簡単だ。このままを押し倒せばいい。伊達の中の辞書―――完全なる不良品だが―――に遠慮という二文字はない。
しかし、今夜はそういう気分ではなかった。
風情なたとえをするならば月から滴る光に中てられた所為か。
自分の中に眠る獣が、毒気を抜かれたかのように妙におとなしい。
けれどここまで優しい愛撫のような触れ方をしておいて尻切れトンボというのも間が悪く、伊達としても折角情緒あるこの雰囲気が惜しいような気がして。
「アンタは、何故危険を犯してまで奥州までくる」
考えあぐねた末伊達が行き着いた先は、ふとした瞬間にいつも考えていた疑問を問いかけることだった。
仮にも敵対関係にある武田の忍が奥州まで来るというのは、どう考えてもルール違反としか思えない。少なくとも、武田側からしてみれば。
それでもはふらりと思いたったようにこの青葉城を訪れた。
時には昼にひょっこりと、時には闇に紛れ妖艶に。
頻繁ではないが毎回毎回、あの『赤い覇気』―――真田幸村ならまだしも、以前顔を見せた猿飛佐助が嘘を見破れぬはずがないと、伊達は思うのだが。
「―――あなたの傍は、ひどく落ち着くから」
柔らかな唇を上下させ、は言葉を紡ぐ。
「近くにいるだけで満たされるような…そこにあるだけで安心できるような、ええと」
上手い表現が思いつかないようではうーんと唸り、窓から見える月を見上げ。
「政宗さんが、月みたいだから」
「…Ha、なよ竹のかぐや姫ってか?」
「お姫様とは似ても似つきませんけどね」
冷たくて、優しくて、柔らかな光で心を包む。
そんな月がは好きだと。
「…ねぇ、政宗さん」
私は、とはいったん言葉を切って。
軽い衝撃が空気だけでなく全身から伝わる。
伊達の胸には飛び込み広い背中へ手をまわした。
「抱かれるよりも、抱き締めたり、抱き締められる方が好きです」
だって抱かれている間は、恥ずかしくて顔を見れませんから。と生娘のようには言葉を吐いた。
「ついでに言うと、どうせ繋がるのなら下半身よりも手の方がいい」
右手をそっと伊達の左手の上へ被せ、指を絡める。
伊達の冷えた指から伝わる体温が触れ合う身体の境界線のようなところで溶けた。
「…OK. honey」
空いている右手での身体を強く抱き締め、胸をぴったりと引っ付かせて鼓動を感じる。
一瞬ドクン!と心臓が跳ね表へ“獣”が出かけたが、すぐにそれはおとなしくなった。
そこにないはずの右目の常な疼きも消えることはないにしろ和らぎ。
(…満たされてんのは、俺の方か)
それはまるで、恋人の逢瀬。
光滴る蜜月の夜の、甘い甘い秘密の逢瀬。
お題を見たときにはR18な話にしようと思ってたのに。