伊達と武田が同盟を組むよりも、ずっと前の話である。


夜半に響く馬の駆ける音。
ただ一騎先を急ぐように背中へ月を背負う男の姿をは一等高い木の上から見下ろした。
あれは、奥州の人間だ。
さらさらとなびく黒髪を肩から後ろへ払いながら思考を辿る。
伊達の者がこの武田領に用があるとすればそれは1つしかない。
先刻武田領に徒党を組んだ騎馬隊が入った。
本能寺で明智光秀に織田が謀反にあったが、その明智が山崎に陣を張っている。
奥州の伊達政宗がそこへ行くつもりらしい。道すがら武田に入ったようだと報告すれば、信玄には手出しするなと言われた。
その言いつけを自分の主が守っているとは思えないが。
は先を急いだ。早まったことをしないように、していないことを願って。
馬よりも早く、瞬神と形容されるに相応しい速さを以って、真田幸村の元へ―――。


片倉の目には最早何も映っていない。求めるはただ己が主へ向かう道のみ。
だからここが、武田領だろうが誰の土地だろうが関係なかった。
嫌な予感がする。背中へ冷たく汗が流れた。
この予感が的外れなものであればいい。杞憂であればいい。そう願って、主の元へ急ぐ。
片倉の目へ、一瞬白いものが映った。
動物か、妖の類か。
それすら片倉には判らなかったし判らなくても良いかとも思った。どちらにせよ自分には関わり無きことだ。
ただ、主の背へ追いつければ良い。
月を背負いながら真夏の太陽のような闘気を持って片倉は駆ける。


ドパッっと幸村の肩に斬撃が奔った。勢いに負けて後ろへ吹き飛ばされる。
だが幸村とてやられてばかりではなく、竜の横腹へ一突き入れる。
傷口から血が噴き出し、伊達は舌打ちした。
痛い。しかしその痛みもまた心地が良い。生きている、そんな感触がして実感が涌く。
「クッ…ハハッ…!上等だ!!」
腰の六爪へ手をかけたが、刀を抜く前に伊達軍を閃光と爆発が襲った。
「くっ…発破か!?」
ゴホゴホと咳き込む伊達に、煙の向こう側から低い声がかけられて。
「そのへんにしといてよ独眼竜の旦那。他人ん家でちょっと派手にやりすぎじゃない?」
「さっ…佐助!!」
「あァ!?何言ってやがる先にふっかけたのは…」
「佐助!!邪魔だてするでない、これは一対一の…」
馬の地を駆ける音が響く。
そして、ほぼ同時に細い木の枝が折れる音が木霊した。
「政宗様!!」
「小十郎!?なんでここに…」
主の姿に片倉は一瞬頬を緩めたが、横腹から滴る鮮血を視界に入れるとはっとしたように激昂し懐刀を佐助へ投げつけた。
まっすぐ首元を狙った懐刀が空を斬り裂く。
しかし首を貫くと思われた小刀は、見えない糸で放られたように空中へ舞った。
勢いを保ったままドッと地面へ垂直に突き刺さる。
完全に気配を消した白いものが、ふわりとまるで幸村を庇うように地面へ降り立った。
上げられた顔には、片倉は見覚えがある。
そのときよりもずっと凛として勇ましい面構えだけれども、その顔は間違いなく、先日城へ侵入した忍で。
「!!」
「幸村さん、独眼竜は捨て置けとのお館様より命が下っております」
視線はあくまで前を見据えて。
五本の指で絃を弾いて。
口調こそ穏やかだが、これは威嚇だ。片倉はそう思った。
澄んだ瞳に闘気を燃やして、主君を宥めながら今にも喉笛へ喰らいつきそうな視線を投げてくる。
主の睨んだ通り甲斐の手の者だったかと、心中片倉は納得した。だとすれば、やはりあのときの目的は暗殺にあったわけではない。
「お迎えも来たようだし、この辺で手ェ引いてよ。旦那も!!」
「しかし…っ」
「…ご無礼失礼します」
長い睫を伏せ、は持ちうる両の指で絃を張った。
どこまでも果てしなく長い絃を操る様に、片倉も余程の絃使いで或ることを悟る。
緩く張り巡らされた絃がピンと張る音が聞こえて、片倉も伊達も一瞬にして身構えた。
が、予想に反してその攻撃が伊達軍へ向くことはなく。
その瞬間空中へ放られたのは幸村の身体だった。
「な…っ」
「上手いね」
ヒュウッと唇を鳴らして佐助は飛び上がった。
口笛に呼ばれた黒い鷹を捕らえて空に投げ出された幸村の体を掴む。
「くっ…伊達殿!!この勝負一旦お預けいたす!!」
「テメェ…」
「政宗様!!」
幸村を追おうとした伊達を止める片倉を見ながら、はボタボタと地面へ吸われる竜の血を感じていた。
同時に、幸村の肩から流された紅を思い出す。
瞼を閉じる。
息を吸う。
眼を開いて、伊達を見据える。
周囲へ巡り流した絃をしゅるんと手の内へ戻すと、はくるりと背を向けて駆け出そうとした。
「待ちな!!」
白い背へ、竜の怒声にも似た声がかけられる。
「ってんだなアンタ…。いい名だ」
冷たい風がの長い黒髪を揺らした。
ボタボタ、ボタボタ。流れる鮮血に息を荒くしながら伊達は言葉を発する。
「しっかり刻んだぜ真田幸村も、アンタも…!!」
崩れる体を片倉に抱えられて、伊達の意識はそこで途切れる。

「我が主君に傷を負わせた借りは、いつか戦場にて」

肩越しに振り返るときに見せた少女の瞳は、真冬の雪の様に冷たい。
音なく飛び上がって、森の中を目にも映らぬ速さで駆けるその様は、さながら舞の如く。

射干玉(むばたま)の闇に光一つ―――」

片倉は目を奪われた。


02:真夏の太陽と真冬の月

うちは乱世乱舞とBASARA2、どっちの漫画の設定も使ってます。都合よく使い分け。
時間軸的には初対峙のすぐ後。