どうしたものか―――と自宅玄関の脇で座って眠り込む少女を見てロニー・スキアートは思案する。
夕方になってマイザーからが自宅の方へ向かったとは言われたが、寝て待っているなど聞いていない。教えてくれる人間もいないわけだが。
何時までも玄関前で立ち尽くしているわけにもいかず、ロニーは取り敢えずを抱えて家へ入り、一つきりの自分のベッドへ寝かせる。
直接コンクリートの上へ腰を降ろしていた所為か長い黒髪の先が土で汚れており、丁寧にタオルで拭き取った。
ロニーがここまでしてやるのは互いに知らない仲でないどころか比較的親しい友人関係を築いている相手だからだ。
コートを脱ぎ、軽くシャワーを浴び。
夕食をどうしようか少し悩んだが、遅めに蜂の巣でとった昼食がまだ空腹を促していなかったのでまだ作らないことにする。
自分で煎れたコーヒーを飲みながらベッドに横たわるを見やった。
普通に考えれば彼女を起こすべきだろう。
自宅まで来てしかも待っていたということは当たり前に考えて自分へ用があるということだ。それも、明日や次の機会に先伸ばしのできないような。
そして、プライベートでは親しくしているが互いの立場というものもある。
ロニーはマルティージョ・ファミリーの秘書であるし、はヴァルハラート・ファミリーの首領だ。
がもし彼女の秘書に断わりを入れず来ていたとしたら(に限ってまさかだとは思うが)、少々面倒なことになるだろう。
だがロニーがを起こせないでいるのは、寝ている彼女を起こすのが可哀想――というのと、彼女の顔色が酷く悪く昨夜は殆ど眠れなかったのだろうことが容易に想像付くためだ。
せっかく寝れているのなら寝かせておいてやった方がいいかもしれない。
ロニーはそう思い暫く放置の方向でいようと決めたが、途端にの表情が苦しげに歪む。ロニーが何もしていないのだから原因は体調不良か、はたまた夢見が悪いのか。
の場合どちらの可能性もある(元々彼女を虚弱体質にしたのは彼だ)と、ロニーはの肩を揺すった。
薄くパチパチと瞬きをし、少しぐずりながら緩慢な動作でベッドの上に体を起こした。
「…ロニーさん……」
「起きたか」
の横へ腰掛け足を組んで返答を待つが、返ってきたのは言葉ではなく、何故か反射に近い抱擁だった。
ああまたか、とロニーは思う。
ほぼ確信に近く彼女にとって酷く傷ついたことがあったのだろうと。自分を取り繕う余裕がなくなるほどのことがあったのだろうと。
はロニーとの再会を1年前に果たして以来、泣き場所には決まってロニーを求めた。
ロニーの前で以外は、殆ど泣かなかった。
元来彼女は酷く重度の強がりなのだ。
虚勢を張り、幾度も幾度も皮を被って、今では彼女の本音はほんの1割程度しか覘くことはできない程に。
「事情は判った」
の話から状況を飲み込めたロニーはすがる彼女をそのままに溜め息を吐く。
要約すると、ヴァルハラート・ファミリーへここ2年以内に入った男が今日辞めたらしい。その原因にが絡んでいて、彼女にとって悪かったのは辞めた男にが酷く依存していたことだ。
どれほど泣けば涙も渇れるのか、話を聞く限り昨日も散々泣いただろうに泣き止む気配はなく、意外にもロニーは面倒見の良い方なので子供をあやすように頭を撫でてやる。
ベッドの上、若い男(と言っても実際は数百歳を越えるのだが)と女の雰囲気としてはあまりに幼く。しかしにとっては泣くための場所さえあればそんなことはどうでもよいのだ。
は弱味を見せる相手をロニー一人に限定した。人が悪魔と呼ぶこの男は、完全に自分とは違う存在で敵う筈がないと思えた。ロニー・スキアートにとって自分は気に掛かることのない小さなものだろうと思うことができた。
「本当にそう思うか?」
耳にそんな言葉が飛び込んできて疑問符を浮かべるよりも早く乾いた唇が押し付けられる。
吃驚したが反射的に体を離そうとするがその背に回された腕が逃げられぬよう強く抱き締めていて思わずは目を見開いて。
冷静なロニーの瞳と眼が合うと羞恥心が込み上げきつく目をつむった。
濡れた舌がの口中を貪り舌をなぶる生々しい感触がダイレクトに脳を揺さぶって混乱を招き、唾液の混ざり合う音が耳を犯してまるで三半規管まで麻痺した様だ。
「〜〜〜っ」
驚きで一瞬止まった涙が今度は生理的な涙をにじませ、唇が少し離れる度に鼻にかかった声が漏れて。
「…まあいい」
ちゅ、と唇を吸って接吻からを解放するとロニーはをベッドの上へ押し倒す。
何が起きたのか整理しきれなかったは忙しなく目をぱちぱちとさせて。
「理性があるから苦しいのだろう。何も考えたくないと言うなら手を貸してやるが……どうする?」
シニカルに口端を歪ませて笑い「俺はお前のそういうところも気に入っているんだが」と耳元で低く囁く悪魔の甘言に、が飛び付かない筈がなかった。
「初めてだったのか?」
失神したの瞼がゆっくり持ち上がるのを見てロニーが問い掛け、緩慢な動作で首が縦に振られてから苦笑する気配がへ伝わる。
行為の激しさを感じさせない柔らかな手付きで黒髪を撫でるロニーの手には躰を震わせた。
「もう少し寝るといい。まだ夜明け前だ」
「ん……」
うつらうつらと再び重たげな瞼を下ろしながら。
今しがた女になった表情をして、言葉を覚えたての子供の様にたどたどしく「くせになりそう…」とどこか恍惚とした声色で呟くのだ。
花言葉は「不死」「喜びをください」。
この場合喜びというより悦びだけれども。