静雄が六条千景に喧嘩を売られ、その顔面にパンチを5発入れた翌日。
「まあ、正直、看病してくれる女がいるってのは羨ましかったっすけどね」
「そういや、お前彼女とかいないよな」
5発目のパンチを叩き込まれる直前に千景の『ちなみに、俺には看病してくれる女の子がいるんだぜ、うらやましいだろ』という科白は静雄の中に何とも言えない澱を残し、そんな心の内をちらつかせた静雄に上司のトムが気付いた様に言う。
静雄自身判っているかは置いておき彼の本心から言うと、静雄の言う『羨ましい』とは恋人のいると言う事実に対してとは若干異なる。
彼の場合まず看病してもらう様な怪我をすることが稀だ。
1年前にボールペンで刺されるという体験をしたがあれは手当てする対象の人間に顔を合わせる前に止血を兼ねて自分で接着剤でくっつけてしまったし(後から真っ青な顔をされたのでもうやるまいと思った)、銃創までくると女子高生の手には負えず闇医者の元へ直行となる。
病気の類の看病ならしてもらったことがあるが静雄は体調の方もなかなかに丈夫だった。
よって甲斐甲斐しく看病されるという経験は必然的に少なくなるわけで、だがしかし羨ましいとは感じてしまう。
「もうちょっとこう、潤いとか欲しいと思わね?欲しいんじゃね?」
「ええ。愛してるって言ってくれるのはいますけど、女と言っていいのかどうか」
「? お前、ゲイバーとかニューハーフパブとか行くんだっけ?」
「いや、そういう人達でもなくて、そもそも人間と言っていいのか……刃物って言うか……」
「すまん、何を言ってるのかさっぱり解らねえ」
語尾を濁しトムにはそう言う静雄だったが、隠していることがある。
実は静雄に愛を告げたのは罪歌に操られた人間だけではなかった。静雄につきっきりで看病しそうな人間と同一人物で。

来良学園に通う高校3年の女子高生で静雄の隣人である彼女は、静雄が罪歌に愛していると熱烈なコールを送ったその夜に静雄へ想いのたけを告白したのだ。キャッチボールどころか大玉転がしの玉でサッカーをする大きさと勢いで。
それ以来静雄とは友人以上、恋人に近い関係を続けている。
完全に恋人と言えないのはどちらかから「付き合いましょう」「そうしよう」と言って始められた関係でないので周囲から「付き合ってるのか」と聞かれて答えられないというのと、告白を受け入れた静雄だがへ対する愛情のベクトルが恋人なのか親友なのか妹なのか、そのあたりが曖昧だからでもある。
流石に静雄もただの友人を抱き締めたり必要以上に密着したりはしないと思うのだが。
静雄とて恋をしたことはある。育った環境から実るはずもなかったけれど。
へ対する想いは恋に似ていると思う。しかし今までの気持ちとは少し違う気もする。
さておき微妙な関係ではあるが恋人の様な間柄のを、静雄は周囲へ恋人などいない様に振る舞いその存在を隠していた。上司であり気を置ける数少ない知人のトムへさえも。
きっかけは新羅の忠告だった。
『静雄はどこで恨み買ってんだか知れたもんじゃないんだから、彼女いるってのは言わない方がいいかもよ?静雄には手を出せない人間がちゃんを狙う可能性だってあるし』
静雄もそんな事態になることは御免被ったのでシャクに触るが素直に新羅の助言を聞き入れ。
トムには言ってもいいかもと思ったが誰がどこで聞いているのか判らないのでその考えは直ぐに否定した。
静雄はトムへ青春時代の女っ気のなさと腐れ縁のことを愚痴りながら溜め息を吐く。
「とにかく、そんなわけで人間の女にはあんまり縁がないんですよ」
言いながら静雄は「そう言えばも人間ってよりは犬っぽいな」とやたら静雄に褒められたがる彼女の事を思い出した。
「まあ、気にすんなって。お前にだってその内かわいい彼女できるって。トップアイドルの弟と面は似てんだからよ」
適当な慰めの言葉と共に笑うトムに、「そんな似てますかね?」と静雄は首を傾げる。
「そういや、あの子とかどーなんだ?あのふかふかした感じの…ちゃん?」
「ですか?」
トムとは何度か面識がある。
町中で会う時もあれば静雄の忘れた携帯などを事務所まで持ってくることもしばしばあった。
もっともも常識はあるので必要に駆られた場合のみだったが。
「あの子お前に気がありそうじゃねーか?結構可愛いし」
「あー…そっすかねえ…」
の態度が判り易過ぎるのかトムが鋭いのか。おそらく前者で。
静雄はやはりトムには明かそうかと本気で思った。



5巻の静ちゃん彼女欲しい発言(大意)をポジティブ利用。

※文章の1部を成田良悟著『デュラララ!!×5』より引用しています。
 タイトルロゴはnotトレス。残念クオリティ