「そこで煙草吸ってるのは何年何組の生徒!?」
心地良い風の吹き抜ける屋上にメゾソプラノの声が響く。
メゾソプラノというよりアルトを無理矢理高くした様な声がこの爽やかな午後の風景と不似合いで、俺は噛み潰すみたいにして吸った煙草を口から外して少し笑った。
「1年10組三戸洋平です、さん」
「…こう、ちょっとはビク!ってなったりした?」
「無理だよ、さん声変わってねーもん」
「…まさか」
そんな馬鹿な!という顔を作ってさんは笑う。
どこか品のある笑い方をする人だというのが最初の印象だった。
そのくせ上品というわけではなくて、例えば姐さん女房的なそういう雰囲気の。
「また銘柄変えてない?」
「判るんだ」
「そりゃそうだよ。においが違う」
「どこでそんなん覚えてくんの?」
「うちの父さんがしょっちゅう変えてるから、慣れてるんだ。銘柄かぎ分けるの」
「吸うの止めろ!とか言わないの?普通ヤでしょ」
「吸わない方がいいとは言うけど。吸うな、なんて言う権利もないでしょ。父さん然り三戸君然り」
「そりゃそーだ!」
短くなった煙草をコンクリートに押し付けると灰が風にさらわれていく。
「でも、本気で止めた方がいいとは思ってるよ。早死にするだけだし」
「別にいーでしょ。不老不死に憧れてるわけでもないし」
「え、三戸君不老不死になりたいの」
「まさか」
ははっと二人で笑うと、さんはおもむろにフェンスに近づいていってガシャンとフェンスを揺らした。
「三戸君、不老不死になる方法を教えてあげよう」
さんはどこぞの教授かと言いたくなるような雰囲気で言いながら俺に笑った。
「ここから飛び降りてしまえばいい!」
ああ本当に綺麗に笑う人だなと思った。
「…いやいやいや、それって、」
「三戸君は、不老不死と不老長寿を勘違いしているね」
違いなどあるのだろうか。
俺はそんなことを思いながら二本目の煙草に指をかける。
「人は二度は死ねない」
ああそういうことか。
「不老不死の世界ってのはね、死んだ先のあの世のことだよ」
青空を背景に笑うさんが印象的だった。
同じ空に近い場所にいるというのに、ここでこうして煙草をふかしながら人生青春の時を浪費する俺とは酷く対照的だ。
空の下でもさんの笑顔は眩しくはない。
俺達みたいな世間的不良でも目を細めず見られるような、丁度良い輝度。
さんはとてもいい女だと思った。
空の残像
不老不死のくだりの元ネタは京極