弱みを見せない注意深さを。
隙を見逃さない洞察力を。
弱点を突く無慈悲さを。
生きるために生まれながら求められた能力だった。
Dark Red −彼岸花―
Part1.08 正しい人の呪い方
「貴方に避けられてたような気がするの」
そう言われて、は一瞬戸惑った。
(本当に、よく人を見ている)
感心したのだが、のそれが表情に出ることはない。
長い間培ってきた仮面の所為か、それとも本当に表情の変え方を忘れてしまったのかは判らないけれど。
がリリーを避けていたのは事実だ。
リリー・エバンズという少女はあまりに彼女と似過ぎている。
その笑顔に彼女の面影を見出すなと言うのは酷なことだ。
だからはリリーを避けた。
彼女を思い出したくなかった。思い出す事で、彼女を思い出にしてしまいたくなかったから。
「いや…気のせいだろう」
あくまで淡々と嘘を吐く。
最初こそ『嘘』という行為に嫌気がさしていたものの、生まれ育ってゆく環境のうちに慣れた。
人は虚偽で塗り固めなければ生きていけないのだと知って、そういうものだと割り切った。
「そう?」
リリーは訝しげに眉間へ皺を寄せたが、
「それならいいの。ごめんなさい」
またすぐ笑顔へと戻る。
ころころと表情が変わるところも、似ていて。
(これだから嫌だったんだ)
見る度、似ている箇所を見つける度に、彼女を思い起こす。
それはリリーに対しても失礼だ。
カシスジュースを飲み干しては席を立った。
「失礼。先に戻らせてもらう」
「え、ええ…」
流れるように歩くの背中を見ながら、歩く姿も綺麗だと溜息を吐く。
ふと、の座っていた椅子を見下ろすと、その席には分厚い本が今尚座っていた。
■ ■ ■
少し肌寒い空気が頬を撫ぜ、艶やかな黒髪を揺らす。顔の右半分を隠す前髪が風に吹かれて上へ上がる度、暗紅色の眼が見え隠れを繰り返した。
視ようとしない瞳の奥にちらつくのは過去の残影。
消えない。瞼の裏へ焼け付いた光景が、消えない。消したいとも思わない。
まるで右目と左目で見えているものが違うようなチグハグな感覚に襲われた。
少し頭を振って妙な思考を一掃させる。
今考えなければならないことは、ダンブルドアから依頼された仕事の件だけだ。それ以外に頭を回す余裕などにはないし、それほど人間が出来てもいない。
自分がどれ程矮小な人間か思い知らされたようで、は自嘲気味に笑った。
「いい加減にそこを通せ!」
突如耳へ飛び込んできた怒鳴り声は、聞き覚えの有りすぎるもので。
他人へ対して無関心でいることの多いだが、自分の友人が誰(むしろ全校生徒)に苛められているのかくらい把握している。
「…セブルス………」
深く溜め息を吐きながら頭を抱えた。
今、まさにその現場付近に居るというのに友人を見捨てられるほどは非情にはなりきれない。
しょうがない、と諦めた途端、廊下に水音が響いた。
「これで少しはその髪から油が落ちたかい?」
「は、むしろ水弾いてんだろ」
その後からケラケラと甲高い笑い声が響く。
やはりいつもの4人組らしく、セブルスの周りには水溜りが出来ていていた。全身ずぶ濡れで湿気を含んだ服が重たそうに色を変えている。
いつ割って入ろうかとは様子を伺っていたが、鳶色の髪をした少年と目が合った。
ふっと顔をそらされて、瞬時に頭の中へ彼の情報が浮かび上がる。
リーマス・ルーピン。成績普通。ずば抜けて闇の魔術に対する防衛術が出来る。そしてずば抜けて魔法薬学が不得手。
他人へ対して引け目があるのか、どこか一歩下がって控えめな印象があった。
そして今も、目の前で繰り広げられる苛めに居合わせておいて、囃し立てることも止めることも出来ていない。
見て見ぬフリをするならばその場にも留まらなければいいのに。
「殺してやる!」
最上級の悪態が出て、はああ拙いな、と足音を立てた。
少し足早にして杖を取り出す。
「エクスペリアームス!」
少し距離があったもののなんとか杖の先から出た光はセブルスの杖を直撃し、呪いの呪文を唱えるよりも先に杖は彼の手から離れた。
次いでジェームズとシリウスの杖までも手中に収める。これでとりあえず立場は対等だ。
「廊下で呪いの使用は禁じられているはずだが。私の認識違いだろうか」
セブルスより3歩ほど下がったところで立ち止まり、が杖を一振りするとセブルスは爪の先から全身へ温かさの広がっていくのが判った。
重たくなっていた服から水分がとび、煩わしく体へひっつくことはなくなる。
「…っ」
「確実に呪いをかけたいと思うなら直前に殺意を露にするのはいただけないな。あんなの『今から呪いをかけますよ』と宣言しているようなものじゃないか、相手に行動を読まれるな隙を探せそこに付け込め」
「本気で殺す気か貴様は!?ああそうだったな思えばお前は昔から手加減を知らない奴だったな!」
「魔力コントロールが苦手だっただけさ」
「コントロールする気もなかっただろうが!!」
「あと何の呪いを使おうと思ってたのかは知らないがどうせ呪うなら『磔の呪い』くらいかけてみたらどうだ」
「アズカバン行きだろうがド阿呆!!!」
淡々と述べるへ対し段々と声を荒げるセブルスに4人はしばし唖然とした。
どこか冷めていて無口な印象を持っていたがこんなにも饒舌に喋る姿を見たのは初めてだったし、セブルスが全力投球のマシンガントークでいちいちツッコミを入れる姿も同じく初めて見た。
「あー…、お取り込み中悪いんだけどね」
最初に我に返ったのはやはりと言うべきかジェームズで、右手で髪をかきあげくしゃりとさせながら主張的な発音で切り出す。
「僕らの杖を返してくれるかい?自分の物が他人の手元にあるっていうのはなかなか不愉快なんだ」
ははは、と笑って差し出された手。
はそれを一瞥すると、呪文の噴射方向をジェームズの側に向けて彼の手に平へ乗せた。
「ああ、やっぱりそうくるか」
「残念だったな、プロングズ」
シリウスはジェームズの肩にぽんと手を置き朗らかに言うと、目線だけを動かしてを見た。
「『行動を読まれるな隙を探せそこに付け込め』」
学校中の女生徒がうっとりとするような声での言葉を復唱する。
「友よ、流石に彼はよく判っておられるようだ」
ジェームズは己の手に杖が触れた瞬間に呪文を使おうとしたらしい。
しかし噴射口が自分の方に向けられて渡されては、自分で自分にかけてしまう。そんな間抜けな事態はごめんだ。
シリウスはの手元にある自分の杖をちらりと見る。
微かにシリウスの唇が動いたような気がして、は咄嗟にシリウスの杖を高く上げた。が、若干遅かった。
赤い線光が杖の先から勢いよく噴射し、真っ直ぐに天井へ直進する。
「あ」
思わず、抜けた声が漏れた。
不意をついたところまでは良かったが、の反射能力と洞察力が秀でていたことにより天井へ発射された呪文が城を破壊したのだ。
そして瓦礫と化した城だった一部がそれぞれの体へ降りかかる。しかも、主にシリウス達の方に。
「何してるんだいシリウス!?」
「ちょ、どうするのこれシリウス!」
「うわぁぁぁ、シリウス―――!」
「うるせぇよお前ら!!」
とにかく避けろ、とシリウスは無責任なことを言った。
無茶苦茶だなぁと思ったリーマスだが、自分へ落ちてきそうな瓦礫の一つを避けようと後ろへ下がった。
とん、と。
背中が壁に当たる感触に、リーマスは背へ冷水を流し込まれたような気がした。
「リーマスッ」
リーマスはぎゅっと目を閉じたがいつまでたっても痛みが襲うことはなく、恐る恐る瞼を上げると、そこには、
「………シリウス」
リーマスを覆いかぶさるように彼を庇うシリウスの姿があった。
「いって………」
「シリウス…君…」
ジェームズがぽつりと呟く。
「身を挺して庇うほど、リーマスを愛していたんだね!」
「はぁ!?」
一人うんうん、と頷いているジェームズの頭には今、怪我をしているかもしれないシリウスを案ずる気持ちは微塵もない。というより、怪我をしているかもしれない、という発想がまずない。
「あ…シリウス、ごめん、僕…今まで君の気持ちに気付けなくて…」
「おい!?」
俯いて申し訳なさそうに言うリーマスに、シリウスは本気で焦った。
「あ…、そっか、だからシリウスはリーマスへの想いを押さえるためにいつも女の子を抱いてたんだね!」
「殺すぞピーター。」
納得したように言ったピーターだが、軽く小動物なら射殺せるようなシリウスの眼に「ヒッ」と悲鳴を上げた。
「…えええええ?なんなの?この状況?」
『魔法薬学の理解と繁栄』を抱えたリリーは、眼前に広がる光景に大いに戸惑った。
崩された天井。悪戯仕掛け人。学年一の嫌われ者。学校一・二の美形。転がる杖。
これらから導き出される答えは、リリーには一つしか思い浮かばなかった。
「また貴方なの!?ポッター!」
「やあエバンズ」
にっこりと笑顔を作ると快活にジェームズはリリーへ呼びかけた。
「しかも城を壊して…っどういうつもり?」
「いや、城を壊したのはシリウスだよ」
「どうせまたスネイプへ呪いでもかけようとしたんでしょう、彼にかまわないでっていつも言ってるじゃない!」
「君が僕とデートしてくれたら手出ししたりしないよっていつも言ってるんだけどな」
「…エバンズ」
見かねたがリリーへ声をかけると、リリーはへ用事があったことを思い出してさっと向き直った。
しかし、リリーは顔を青くして指先を震わせた。
の左頬に、すっと一筋線が通って、そこから赤い液体が流れている。
おそらく先程の瓦礫で切ってしまったのだろう。
リリーはポケットから綺麗にアイロンがけされたハンカチを出して、おろおろと血をふき取り傷口へ当てた。
「綺麗な顔なのに…」
悲しそうにリリーは呟くと、右手は頬の傷口を押さえたまま、本来の用件を伝えようとへ本を差し出した。
「大広間に忘れていたの。貴方の本でしょう?」
にこ、と笑みを浮かべる。
は少し間を置いて、静かに右手で本を手に取った。そしてゆっくりと左手で、添えられた女の右手を包むように触れる。
己の頬からその柔らかな指を剥がすと、は手を離した。
「感謝する」
少しだけいつもより尖りのない響く声がから発せられる。
「…リリー・エバンズ」
最後にリリーの名前を紡いだの意図が、なんとなくセブルスには察せられた。
身を翻してグリフィンドール塔へ向かう後ろ姿を見ながら、リリーの顔は今更ながらしらじらと赤く染まっていく。
熱を持った両頬を手で押さえると、今の出来事が脳裏へフラッシュバックする。
リリーは側に居たセブルスの胸倉を掴むと、力任せにガクガクと揺らした。
「どどどどどどどうしましょう私名前を呼ばれてしまったわ!?あああダメ本当ダメこれ動悸が激しいのどうしましょう!落ち着きなさい私って思うけど上手い具合に落ち着けないわちょっとどうにかしてちょうだいセブルス!
レーズン以外なら本当に何でも食べれるのかしら迷惑にならないかしら受け取って貰えるかしら捨てられたりしないわよね!?
ああでもいい口実が思いつかないの、今日のお礼…って何のお礼よ!?ていうか彼凄くいい香りだったわ!
とにかくなんだか助けて頂戴スネイプ!!」
「胸倉掴むな揺らすな僕に言うな」
「…パッドフット、さっさとスニベリー殺っちゃわないかい」
「勝手にしてくれ」
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カオス。テンションの差が激しい。
こんな感じのリリーとセブルスが好きです。
(2007.9.22)
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