苦手なんだ。
あの顔が、怖ろしく苦手なんだ。
Dark Red −彼岸花―
Part1.07 夕食の席
必要の部屋から二人並んで大広間へ夕食を取りに行くと、来るのが遅れた所為かほぼ満席状態だった。
はトシキと入り口で別れ、グリフィンドールの空いている端の席へ腰を落とすと皿へ適当にローストビーフやヨークシャー・プディング等を盛る。
あまり食欲はなかったが、後から黒翼にオートミールを無理矢理食べさせられるのはごめんだ。
はパンを口に運びながら何となく入り口を見ていた。
向かい側に席に座っていた女生徒が友人同士とヒソヒソ話をしながらぽーっとに見とれていたが、はそんなことには気付かない。
間も無くしてパタパタと軽快な足音が耳に入り、一人の女生徒が大広間へ入って来る。両手に鞄と教科書類を抱えて。
肩あたりで揺れる赤髪、驚くほど緑色のアーモンド形の目、胸元で赤と黄の縞模様のネクタイが存在を主張する。
リリー・エバンズ。
数少ない空席を探してリリーはキョロキョロと辺りを見回す。
カシスジュースを飲みながらはじっと彼女の様子を観察した。
見れば見るほど、似ている。
リリーは、の―――達の大切にする少女に容姿が酷似していた。
髪の色は彼女の方が薄かったけれど。性格は、彼女の方が落ち着きがなかったけれど。
笑顔は本当によく似ている。血縁関係のないことが嘘の様に思えるほど(実際間違いなく血縁関係はないのだが)。
ふと、目が合った。
リリーは現れた時と同じように軽快な足音をさせての方へやってくる。
ああこっちの方へ来るな…ぼんやりそう思っていたらリリーはの隣で立ち止まって。
不審に思ったが顔を上げたのと、リリーがに話しかけたのはほぼ同時。
「隣いいかしら?」
にこ、と微笑みかけて控えめに尋ねる。
「…どうぞ」
無愛想に返事をするとリリーの表情は少し困ったように曇った。
しかし相当お腹がすいていたのか、座ってからの彼女の行動は早かった。
ひょいひょいと自分の皿に料理を盛っていき、いただきます、と言うと、がっつく、という程では決してないが、ぱくぱくと料理を口へ運ぶ。
(…よほど、)
お腹がすいていたのだろう、と思うが、リリーはなかなかよく食べていた。
しかし皿に盛られた料理を見ると、ちゃんとバランスや量をを考えていることが判る。は素直に感心した。
「…ねぇ、そんなに見られると食べにくいわ」
の視線に気付きリリーは恥ずかしそうに顔を赤らめ眉を顰める。
「よくご飯食べる女の子って、みっともないかしら」
「いや、ただ…」
自分でも量の多さを自覚しているのか、困ったように、けれどもムッとした感じでリリーは言った。
スープに浮かぶパセリをカップの中で揺らしながらは答える。
「美味しそうに食べると思って」
リリーは間違ってものような無表情では食べない。
それは料理を作ってくれる屋敷しもべ妖精に失礼だとリリーが思っているからだし、それに、
「だって美味しいもの。美味しいんだから美味しそうに食べなきゃ人生勿体ないじゃない」
「…そういうものなのか」
「あら、貴方は違うの?美味しいと思わない?」
「さぁ」
無感動にはローストビーフを口へ運んだ。
噛む。噛む噛む噛む噛む噛む噛む噛む噛む噛む噛む噛む噛む。飲み込む。
にとっての食事は、『娯楽』というより『義務』に近かった。
「それはいけないわね。作っている人に失礼だし、貴方にとっても残念なことだわ」
「別に」
「甘いものは平気?今度作ってあげるわ。もっとも、貴方のことだから女の子からのプレゼントを数え切れないくらい貰ってるんでしょうけど」
「まさか」
貰うには貰うのだが、の場合、すべてその場で持ち主に返していた。
一人のを受け取ると二人三人とどんどん増えてくるからである。
一番の理由は、食べ物だと何が混入されているのか判らず、の立場上毒物でも入っていたら拙いからなのだが。
「あら意外ね。何か食べれない物ってある?」
「レーズン」
「…意外だわ」
ミートパイを味わいながらリリーは考えた。何を作れば、は『美味しく食べる』ことを学んでくれるのか。
そしてまたから注がれる視線に気付く。
「何故今日は夕食に遅れたんだ?」
初めてのからの問いだった。
「スラグホーン先生に捕まっちゃったの。悪い人じゃないんだけど、ちょっと私は苦手」
スリザリンの寮監で魔法薬学の教授であるスラグホーンは、気に入った生徒は寮を問わず囲う癖があった。
『スラグクラブ』というのが、彼に集められたメンバーの総称である。
親戚が有名人だったりどこかにコネのある生徒、それに自身が有能な生徒が彼に選ばれ、集められた。
はメンバーではないが、それはスラグホーンがを捕まえることが出来ないからであって、隙あらばと狙っている節がある。
確かスネイプも魔法薬学の驚異的な成績でその目に留められていたはずだ。
「大変だな」
「貴方もね。先生、本当に貴方も狙ってるから気をつけたほうがいいわよ?」
「………」
どう返せばいいのか判らなくて、は言葉に詰まった。
とん、とは頭に軽い衝撃を覚え振り返る。
見上げると、仏頂面のセブルスが分厚い一冊の本の背表紙をの頭へ乗せていた。
「返す」
「早いな。もう読んだのか?」
セブルスは答える代わりにふんと鼻を鳴らす。
受け取った本の『魔法薬学の理解と繁栄』というタイトルをなぞりながら、は「ふうん」と洩らした。
「なら、今度はもっと厚いのを貸すよ」
「そうしてもらえると有り難いがな」
「何か希望は?」
「…『闇の魔術と魔法薬の合成』」
「すまないがまだそれは読み途中」
「………」(←希望を聞いておいて、と思っている)
「なるべく早く読む」
「相変わらず魔法薬馬鹿なんだから」
「黙れエバンズ」
どうにも『馬鹿』という単語がお気に召さなかったらしく、セブルスはいつもより数段低い声と殺気を纏って言った。
はマイペースにプティングを突いていたが、セブルス以外の人間が発している膨れ上がる『負』の感情に気が付く。
これだから人の多い場所は嫌いなのだ。気付きたくもないものに気付いてしまう。
は人の感情を読み取る能力は低いが、殺気だとか、悪意だとか―――そういうモノは、なんとなくとしか判らないが敏かった。
細かいことは判らない。だが空気の密度や温度や流れ、そういうモノがへ伝える。
「セブルス」
セブルスはリリーと口論の真っ最中だったが、は手に持っていた本でセブルスを叩いた。
「もう寮へ帰った方が良い。…ジェームズ・ポッターがこちらを睨んでいる」
「…僕に逃げろと?怖気づいて無様に逃げ帰れと言うのか?」
「4対1を相手にする事が利口とは言わないだろう」
まだ何か言いたそうなセブルスをは眼で黙らせ、「早く帰れ」と再度言った。
「スネイプと仲良いの?」
セブルスが去ってからリリーはに尋ねた。
学年一の嫌われ者とホグワーツ1・2を争う美少年。確かにこの組み合わせは異質だ。
「幼馴染」
だと思う、と付け加えると、リリーは大きな目を丸丸と丸めた。
「あ…ごめんなさい。ちょっと、意外で」
「エバンズはどうなんだ」
「え?」
「セブルスと」
「…どうかしらね。見ての通りよ。…それより、ちょっと聞いてもいいかしら?」
「………答えられる範囲なら」
「私、貴方に避けられるようなこと何かしたかしら?」
一瞬、息が詰まった。
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いきあたりばったりで書くものじゃないですね。
イギリス料理をなんとか美味しそうに書こうと頑張りました無理でした。
(2007.8.18)
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