輪廻の輪から抜け出そうとすればするほどに、絡め囚われてゆくのだから。
いっそ諦めてしまえ。と、誰かが囁いた気がした。
Dark Red −彼岸花―
Part1.06 酉の男
「監視のつもりか?蛇さんよ」
顔を向けるでもなく、側から見れば独り言のようにその男は言った。
しかしその科白が自分へ向けたものだと知ると、は肩をビクリと震わせる。
草の茂る地面に座り込み自分を囲むように集まる鳥と戯れる黒髪の青年は、黒曜石のような瞳をの潜む柱へ向けた。
レイブンクロー寮を表す色のネクタイ、ローブに輝く『P』を刻まれた監督生バッジ。
彼がの探していた人物であることは間違いないのだが、会ったところで何を話せば良かったのか判らず、とっさに隠れて。
「半端なんだよ。もっと上手く気配を消してみろ」
低い声が追い討ちをかける。
そっと柱の影から出て青年を見やると、まっすぐな視線をへ向けていた。それは、人を従わせるだけの威力を伴っていて、へ同種の癖を感じさせなくも、ない。
一歩。
一歩。
一歩。
足を進め、は青年を見下ろす形になる。
「付き合ってください」
がその科白を口から紡いだ直後、彼の周りを囲んでいた鳥達はいっせいに飛び立った。
■ ■ ■
「紛らわしいんだよ、アンタ!」
青年は元々どこか凶悪な面構えだというのにさらに眉間に深く皺を刻んでその容貌を際立てている。
東洋人にしては珍しく足の長い彼が大股で進んでいくので、彼ほど身長のないは気持ち足を速らせて隣へ並んだ。
『ここでは出来ない話がある。だから、どこか邪魔の入らないところまで付き合って欲しい』。
要約すれば、が言いたかったのはこういうことである。
(だったらハナっからそう言え!)
米神へ青筋を浮かべて、青年は目だけ動かしてを見下ろした。
ルビーの様な瞳で青年を見上げてくるの顔には、いつもと変わらぬ無表情が貼り付けられている。
それが、少し青年には気に食わない。こっちは、向こうの所為でとてつもなく狼狽させられたというのに―――。
(本気で男から告られたかと思ったじゃねぇか!)
あの無表情、と言うか、真顔が、相乗効果で怖かった。確かには端整な顔立ちであるが、生憎青年にそっちの趣味はない。
「なら、貴方がトシキ・ヒジカタで間違いないのですね」
確認するように、彼の名を呼ぶ。
「あ、―――待って」
ぱっと手を伸ばして、はトシキのローブを掴んだ。
急に引っ張られたローブに一瞬足をとられたが上手くバランスを立て直す。
トシキはふと我に返って辺りを見回すと、そこが八階の廊下であることに気付いた。
「? 何も―――」
「いやここだ」
トシキの言うのを遮って、はただ何かしらの文様の描かれた壁へ手を当てる。
すると、の触れたところから徐々に勢いを持って、まるで電気が伝わるように文様が黒く変化しだした。
そして壁が―――壁だったものは扉へと変わり、二人を招くように開かれる。
「中へ」
す、っと入るよう促すその瞳は、今までの、学生のソレとは既に違っている。
その眼には見覚えがあった。
幼い頃から、そして最近も見せられた――― 一族を背負うべき当主の 眼 だ。
トシキはゾクリと背中へ悪寒が走ったのを感じる。
一つ年下のの視せる眼を今の自分が出来るかと考えると、自信の程は100%とは言えない。
流されるままに中へ入り、トシキはあらかじめ用意されていたかのようなソファに腰掛ける。
「さて、―――十二支『酉族』が長、トシキ・ヒジカタ様」
無礼な態度をお許しいただきたい、と付け加えるように言って、は真正面からトシキを見据える。
「お初にお目にかかります。『巳族』次期当主となることが正式に決定されました、
・T・と申します。
以後…お見知りおきを」
窓などないはずなのに、どこからか吹いた風がの前髪を揺らし、普段は隠されたような右目が露にされた。
圧倒される様な存在感、欠けたように思えていたものが両の眼揃ったというだけで…。
「…で?わざわざ自己紹介だけしに俺んトコ来た訳じゃねェだろ?…本題は何だ」
懐から煙草を取り出し、杖でその先に火を灯しながらトシキは尋ねる。
「酉はどちらに着くおつもりなのか気になりまして。…表面的に、ですが」
「表面?」
「私は」
吐き出された煙が空中に消えていくのを見ながら、はゆっくりと眼を伏せた。
暗い色を湛えた瞳に、睫毛が影を落として。ふるり、と震える。
「貴方がどのような返答を返したとしても信じることは出来ない。ただ表面的な参考にはしたい。それだけです。
…気分を害してしまったなら謝りますが、別に貴方だから信用しない訳ではない。今の私は、」
ふ、と、今にも消えてしまいそうな透明感を漂わせたが、刹那、確固たる輪郭を持っては続けた。
「誰も信用していませんから」
それが、たとえ自分だとしても。
トシキは何故かそう聞えた気がした。
「そうかい。今の段階じゃあウチは、どっちにもつく気はない」
つーか勝手にやってろ、とトシキはどうでも良さそうに答えた。
トシキ自身、正直まだどうしたらいいのか判らないのだ。
この夏に、一族総てを継いで。そのための『酉族』の儀式も慣わしも、全部済ませて。その上今一族を左右する選択を突きつけられても。
頭が混乱する。そんな政治の世界だって、あまり好きでもなかったのに。
トシキなりに、夏からこっちいろいろ考えた。考えて考えて、その結果浮かぶのは。
自身の犯した罪の末路―――。
東洋を発端としてうまれた、魔力をともなった一族『十二支』。
その名の通り十二に分かれたそれぞれの家は今や世界に散らばっているが、独特の仕来り・習わしはそのままどこも残っているらしい。
本家・分家と分かれる各家々の当主の双肩に圧し掛かる責任は、それはそれは重要なもので。
中でも、必ず15でそれら全てを背負わされる一族がある。
それが『酉』だった。
投げやりになったような返答に、は肩を跳ね上げた。
もしや、またやってしまったのではないか、と。
また、知らず知らずのうちに傷つけてしまったのかもしれない。
そう気付くと、は内心おろおろと考える。…のだが、表情にでない所為で誤解を受けることが多い。
「…あの」
とりあえず、すとんっと効果音でも付きそうな雰囲気では床へ跪き、トシキを下から覗き込んだ。
「すみません、その、何か…言いましたか。もしかして、貴方を」
突然言葉を羅列されてトシキはトシキで何が何だか判らない。
ただ頭上に大量のクエスチョンマークを浮かべてを見返す。
「…傷つけるようなことを?」
トシキはそこで紅い眼が先程までと一転していることに気付いた。
そう、まるで、最初に「付き合ってください」と言ったときのような、学生の…というより、『子供』の眼であることに。
気付けば、何だか笑いが込み上げてきて、トシキは思わず「クッ」と笑ってしまった。
相変わらずクエスチョンマークを浮かべたままのと目が合って、また一つ、気付く。
大きな、宝石のように輝く瞳。それが、異様に、
「―――!!近い近い近いっ!!」
側から見ればキスでもするような距離だっただろう。
トシキはの肩を押さえてぐっと遠ざける。
直に触れて、また思う。男にしては細すぎやしないだろうか。そこまで考えてから、一つ事実を思い出した。
「…巳族の当主候補は一人娘って聞いたんだけどな?」
「………まあ、いろいろありますから」
代替わりの時期というのは、とにかく色々ある。
例えば、政略結婚だとか、陰謀絡む暗殺だとか。特に本家の人間は、分家の人間から恨みを買いやすい。
「…ごくろーさんなこって…」
「………はあ…」
呆れたようにトシキは溜息と一緒に煙草の煙も吐き出した。
そして思いついたように、トシキはへ右手を差し出す。
「自己紹介が遅れたな。俺はレイブンクロー5年、トシキ・ヒジカタ。一応主席で監督生やってる。
得意教科は呪文学。苦手は占い学と古代ルーン文字。よろしくな」
彼の指す自己紹介が学校内でのものと判り、はにこりともせず差し出された手を握り返しもせず言った。
「グリフィンドール4年 ・。…よろしくお願いします」
「ああ、いいぜタメ語で。なんかアンタに敬語使われると違和感」
はどう返事をすればいいのか判らなかった。
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オリジナル設定を小出しに。
しかし大分展開が変わってしまった所為で、あまりトシキの意味がなくなってきています…。
あんまりオリジナルキャラって出したくないんだけど…。
映画の『必要の部屋』登場は良かったですね。感動したよ。
(2007.8.11)
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