「絶対、全国制覇!」

何度その言葉を口にしたかしれない。
1年の頃から4人、3年となった今では3人。努力して信じてひたすらに『全国制覇』の言葉を繰り返し誓い合う。
私と赤木さんと木暮君と、それから三井さん。
その男座るべき私の隣は今日も空席だ。
諦めに近い溜め息を吐いて、私は鞄をとって体育館へ向かった。

01:青空のオープニング


開けられていた鍵に(出遅れたなぁ)と思いながらはドアノブへ手をかける。
既に着替え始めていた赤木を気にすることもなく、もまた自身の制服へ手をかけた。
軽く挨拶を交わして黙々と着替える。もうすぐ新入生の部活仮入部期間のためかどことなく落ち着きのない赤木に、はこっそりと笑った。
「今年こそ全国行かなきゃあね」
「ああ」
「ちょっとこっち向かないでね」
「…ああ…」
衣擦れの音は案外大きく部屋へ響く。
が着替えている最中に居合わせるのは1年の頃から何故か赤木と木暮くらいのものだったので、口では見るなと言いつつ言われつつあまり意識することはなく、先に着替え終わった赤木はバスケットボールの籠を押しながら体育館へ入った。
(今年は何人残ったもんかね…)
あまりの厳しさに耐えられず辞めていく部員がほとんどだが、1人でも多くの戦力が欲しい湘北。
できるなら。
1人でも。

(やっぱ―――戻ってくる気、無いんだろーな)

即戦力になれるだけの力を持っていたというのに、二度と体育館へ姿を見せなくなった男をは思い出した。
「まだ待てる」
その言葉を噛み締めるように呟き、は思いきり伸びをして体育館へ向かう。
「赤木さーん、今日のメニューどーすんのー?」
「それより…」
バスンバスンとドリブルの音をさせながら言う赤木に、は目をきょとんとさせた。
「富ヶ丘中の流川が入ったってのは本当か?」
「だから本当だって。疑い深いなー」
「これからは赤木、お前一人のワンマンチームじゃなくなるんだ」
キュ、とバッシュで床を擦りながら入ってきた木暮が嬉しそうに赤木の背を叩く。
「リョータも県予選には間に合うだろうし、全国制覇十分狙えるよ!多分!!
「「多分を強調するな(よ)!!」」
ガッツポーズで言った割にはどこか弱気なの台詞に、すかさず赤木と木暮が指を指して突っ込みを入れた。
普段はもっぱらツッコミを入れる側のがこの3人で居るときに限りボケに回るのは、2年間を共にしたメンバー内でのポジションを確立するためかもしれない。
とりあえず赤木にツッコミ役以外は務まりそうにないし、木暮は中間の位置を既に決め込んでいるらしい。
互いの本質を理解する程度には、バスケをする中で3人の気心は知れたものだったのである。
「チュース」
「ウース」
ぞろぞろと部員達が入ってきだして、各々思う様に柔軟を始めた。
は部費の入った財布を握り締め、遅れて来た彩子へ買い出しに行くと告げる。
「そんなの先輩が行かなくたって、アタシ行きますよ?」
「いやいや、私買い出し好きなんだよね。他人の金でもないとポカリの大人買いなんて出来ないでしょ」
行ってきまぁーす、とやる気の見い出せない挨拶を残して、は体育館を後にした。


駐輪場にて己が自転車の鍵を外していた流川は突如肩を叩かれて硬直する。聞き覚えのある柔らかい声が「楓、」と自分の名を呼び、彼は無事冷凍世界から帰還した。
「コンビニまで乗っけてってよ」
「…別にいいけど」
「ついでにポカリ買ったらもっかい学校まで送って」
「どあほう」
流川は、どうにもこの2つ上の幼馴染みに頭が上がらない。
理由を聞かれればやはり『好きだから』と答えるより他無いのだが彼にその自覚はなかった。
共働きで夜遅くまで両親が家へ帰らない流川。
両親の離婚で父子家庭となり、一人の時間を過ごすことの多かった。
自然とは流川の面倒を見るようになった所為か、流川はを姉の様に慕っていた。
勿論、口には出さないけれど。
「はーやく漕いでよー」
「黙ってろ」
ぎゅ、と腰に巻き付かれた細腕を確認すると、流川はペダルを踏む足へ力を込める。
「居眠り運転厳禁だからねー」
「おお」
「楓さ、部活仮入部期間ってバスケ部来るの?」
「いや…行かねー…」
「えぇー、キャプテンが楽しみにしてるのに」
「………寝る……」
「こ、こら!この三年寝太郎!バスケより睡眠を取る気か!!」
「眠い…」
「前!前見て楓ー!」
「おお」
条件反射の様にそう答えたが、最早流川の頭にその言葉は届いていなかった。
背中に感じる柔らかな感触。それによって呼び起こされる睡魔にあらがう事で精一杯である。
眠らぬ様意識を集中させればさせる程、背中越しの膨らみの柔らかさは鮮明になってゆき、流川はハンドルを握る手に嫌な汗をかいていることへ気付いた。
「桃が食いてえ…」
何の気なしに思い付いたことを言ってみる。
別段桃が食べたい訳でもなかったが、今流川の頭からは何故か桃が染み付いた様に離れなかった。
「え、何?桃?」
「桃が食いてえ…」
「んー、じゃ今日の夜桃食べる?」
「食う…」
ふっくらとした胸が。
触れている。
はは、とが笑った。
「ついでにコンビニで買ってこう」
「ほう」と流川は感嘆の呟きを漏らした。
は、いっそ嫌味なくらい綺麗に笑う。


「どーよ赤木さん。桜木君とやらは」
「ふん」
声に怒気のなかった事から、満更でもなさそうな事をは悟る。
赤木晴子がスカウトしてきた桜木とかいう男の起こした先日からの一連の行動に対する評価が、暗喩以上の判りづらさで発せられた事実には嬉しさを隠せない。
桜木がまったくの素人だとしてもあの運動能力は捨てがたく、これで湘北の戦力が上がったのは間違いなかった。
それから。

「富ヶ丘中出身、流川楓。187cm75kg、ポジションは別に決まってなかったです」

流川の名前が出た途端ざわめきだした周囲には眉を下げた。
予想通りの反応過ぎて逆に泣けてくる。
「おい流川、シュミとかはあるのか?」
「シュミ…」
あまり質問などしない赤木の珍しい言葉に、問われた流川だけでなくも少々驚いた。
そして内容が内容だけに、には流川が答えられるとは到底思えない。
事実流川もすぐには思いつかず、数秒うーむと唸り考えた。その末、先日に言われたことが脳裏を過ぎる。
「寝ることかな…」
「無趣味!寝ることだって!!この3年寝太郎!」
(…………)
隣の桜木に指差しの上馬鹿にした笑いを向けられ、流川のこめかみに青筋が浮かんだ。
さらに『3年寝太郎』の言葉も、に言われたのと桜木に言われたのでは響きが物凄く違って聞こえる。
2年らが自己紹介を済ませると改めて人数の少なさを実感させられてならない。
「3年の小暮だ!」
「3年主将の赤木剛憲だ、ヨロシクな!!」
不意に流川と目が合い、は流川から注がれる視線に肩を竦める。
「マネージャーで3年のです。基本救護兼ねてるからあまり私の世話にはならないように。
あと今日は遅れてるけどもう一人兼コーチの子が居るから、マネージャーは2人です」
にこ、と笑みを浮かべると、流川以外の新入生の顔がほんのりと赤く染まる。
そのときガララッという扉の開かれる音と、「うんせ」と掛け声のような高い声が体育館へ響いたのは同時だった。
「どーもスイマセンおくれちゃって!!あっ新入生入ったんすかー!!」
「おう、おせーぞ彩子」
「アタシマネージャーの彩子!2年ですヨロシクー!!」
緊張なのか照れなのか、挨拶を返せない1年生に彩子は次々と指導を入れていく。
1年が戸惑うのも無理はない。
バスケ部マネージャーの外見は、何故か二人とも妙に良い。スタイルも抜群で、特に豊かな胸元には目を向けずにはいられない。簡単に言えば、レベルが高い。
そんな新入生集団の中一人相変わらずの流川が平静で居られるのは、中学時代からこの二人に免疫の或る所為だと言えなくもない。
「おっ流川――!!入ったかあー!!」
「チワス」
「ま―――た背のびたんじゃない!?」
よしよしと流川の肩へ手を置く彩子と、嫌そうな表情をしない流川。
後輩二人のそんな姿に、は微笑ましさを覚え一人和んでいた。
即戦力として期待している、と口を滑らした彩子が赤木に注意を受けていたが、事実であるのでは「まあまあ」と赤木を抑えた。
「今のウソ!図にのらないよーにな!!」
「のってねーよ」
やはりどこか微笑ましさを感じさせる中学からの後輩二人に、は姉のような気持ちを覚えた。
気の軽い彩子になら、新入生もすぐ馴染めるだろう。
ついでに口まで軽いのが玉に瑕だが。
「よーし、練習を始める前に…まず最初にはっきり言っとくことがある。
今年の目標は全国制覇だ!!厳しい練習になることは覚悟しとけ!!いいな!!」
「当然だ」と気合の入る人間も居れば、「ぜ…全国…!?」と恐れ多いのか気後れする人間も居る。
このうちの何人が生き残るのかはまだ判らないが、とりあえずここで気合の入る人間は辞めないだろうな、とは思った。

「湘北―――ファイ オオ―――ッ!!」

県予選には宮城も間に合うだろう。
最強メンバーを携えて夏に臨む。
延々基礎のドリブル練習をさせられている桜木を見、3年組が困った様に、又1人は呆れた様にため息を吐いた。

そしては、あと1人を待つ。



しばらくお付き合いください。連作なのであまり前後の話で続くことはないと思います。
我が家でのオリジナル設定で、彩子には試合や指導などのバスケ専門になってもらってます。

※(追記)連載になりました。