随分久し振りに体育館へ顔を見せたリョータに、1年生は予想通りの反応を見せる。
楓もそれなりに気になってるみたいで、靴紐を結びながらチラチラとリョータを見ていた。
「楓、リョータのプレイはよく視ときなね。上手いよ」
「ほう…」
私は楓の隣に立って言ってやる。実際、リョータは総合的に上手く、楓にはない視野があって絶妙のPGだ。
ヤス君をリョータが抜いた瞬間、楓の目が少し動いた。
入院で少々のブランクはあれど、この分なら大して問題もないだろう。相変わらず綺麗な抜き方をする。しかも速い。身長のないリョータが選んだプレイスタイルだ。
「……………」
「ど?楓、感想は」
「俺の方が上手い」
「……はいはい、知ってる知ってる」
忘れずちらっと彩ちゃんへ視線を送るその様も相変わらずだな、と思った。
02:籠球のクライング 1
桜木と宮城のフェイク練習を、はノートを片手に観察していた。まだまだ粗削りで初心者空気の抜けない桜木だがその成長は目を見張るものがある。
いつの間にか宮城とも打ち解けているようで一生懸命練習へ取り組んでいるように思える。
「あとは予選…そして県大会に向けてつっぱしるだけだ。今年は絶対全国に行く!!」
「勿論!…あれ、赤木さんは?」
この手の話題には間違いなくノッてくるはずの赤木の姿が見えず、は体育館全体をぐるりと見回した。居ない。
「赤木は課外授業だよ。物理の」
「物理…」
文系クラスであるに物理の単位はなく、個人的興味の範疇であれば十分興味深い学問であるが、いかんせんテストの難しさが他よりずば抜けているため、は物理なんて人間の取る物ではないと思っていた。
あの公式の多さは異常である。以前好奇心から赤木に教科書を見せてもらった事があるが、まるで意味の判らない文字の羅列に辟易したのは記憶に新しい。
「よ―――し集合!!始めるぞ!!」
「ん?ゴリがいないぞ」
「ああ、赤木は少し遅れるよ。課外授業だ。物理の」
「「「!!」」」
『物理』という教科に宮城・桜木・流川の3人が吃驚する。は、当然の反応かもしれない、と破顔しかけた。
「ゴリがブツリ…」
「似合わん」
(…………)
「…頭いいんだぞ、あいつは…」
木暮がフォローをいれたが、どこか苦しさを隠しきれない様子である。
「湘北―――」
掛け声を遮るかの様なダン!という足音が、緊張で張りつめていた糸を切って体育館へ響いた。
「俺たちもまぜてくれよ宮城」
科白を発した三井の姿に、は息を飲む。
こんな再会を待っていた訳じゃない。
「おい…土足であがらないでくれ。靴を…」
「木暮さん」
土足を注意しようとした木暮を宮城が片手で制した。側から見れば確かに木暮の行為は無茶とも取れる。
しかしそれは、かつて木暮と三井の仲が悪くなかった事を知らないからだ。
木暮とて、元友人だった自分が殴られる訳がない、など甘い考えを持ったのではない。1年の頃の2人を見ていたは、木暮の気持ちが伝わってくるような気がして痛かった。何が其れを訴えるのかは、判らないが。
フーッと大男が煙草の煙を吐き出す。
未だ状況の飲み込めていない部員の前で、大男は灰を体育館の床へ落とした。
桜木が男へ食ってかかるが、咄嗟に反応できた宮城が今度は半身を使って制する。
その様子を見ているだけだったも蹴り倒したい衝動に駆られたが足が床を離れる前に何とか踏み止まった。
今問題を起こせば、まず大会への出場停止は免れない。それだけは、なんとしてでも避けなければ。
「練習中何だ!他の部員も居るしやめてくれ三井サン、頼む…」
「他の部員か…。自分はボコボコにされてもいいからバスケ部は…か?宮城」
その言葉に、は頭へ血が一気に上るのを感じた。
冗談じゃない。宮城抜きで県予選だなんて考えられない。
もし宮城が本当にそう考えているのだとすれば、ドラム缶にコンクリート流し込んで東京湾に沈めるくらいでは済まないな、とと木暮は思う。
「いや…それもやめてくれ」
「あ?」
予想していた答えでなかったのか、堀田と三井が僅かに反応した。
逆に3年2人には待っていた返事で2人同じにホッとため息を吐く。
「また入院するわけにはいかない。頼むからひきあげさせてくれ三井サン。
ここは大切な場所なんだ」
『大切な場所』。
その言葉に宮城の本心と決意全てが含まれている様で、体育館には沈黙が流れた。
「バカかお前は」
三井に握られたバスケットボール。
ギュウッと押し付けられた煙草。
「俺はな、それをブッ壊しに来たんだよ」
は、頭に上った血が急激に下がっていくのを感じた。逆に指先からどんどんと身体が冷えてゆく感覚がする。
沸々と煮えたぎってくる冷ややかで冷静な怒りがへ浸透していく。
こんな感情はきっと初めてだった。
突如バスケットボールが風を切る様に真っ直ぐ三井の元へ飛んだ。
間一髪のところで避けた三井の所為で、丁度背後に立っていた堀田へ直撃する。
「ちょ、誰…」
このバカが!と言う意味を含ませて呟いては後ろを振り返る。
怒りのあまり逆に冷静になっているとは言え、自分が必死に抑えていた衝動をあっさりと放たれてはムカつきが収まらない。
「ちっ、はずれた」
「お前かぁ!」
舌打ちまでつけられて発した幼馴染の言葉には盛大にツッコみため息を吐いた。無理もない。
「お前んとこの連中、お前よりやる気あんじゃねーのか宮城?あ?」
くっくっくっと笑いを浮かべて三井は手にしていたボールを宙へ放ち、勢いよく蹴り上げた。
それは威力の減少のないまま宮城の腹部へ吸い込まれるかの様にヒットする。
綾子の悲痛な叫びが、反響する体育館へ響いた。
「おい竜…あいつはお前にやるよ」
「!」
指先で流川を挑発する竜と、その男を見る流川。その顔に、は心底拙いと思う。
流川は挑発にのるだろう。それは、彼と付き合いの長いが一番よく知っている。
はさっと流川をかばうように前へ立った。
流川に暴れられるわけにはいかない。
「おい、他の部員は関係ねーだろ!!やめろ!!」
頭を掴まれ顔を無理矢理上げさせられた宮城へ、三井はニカと前歯を見せつけるかの様に笑った。
宮城の口辺りを狙って集中的にそこを殴る。
三井から『出場停止』と『廃部』の言葉が出た途端、バスケ部員達は背中へ冷たい汗が流れたのを感じた。
汚い男。それが三井寿の性分である。
手渡されたモップの金具部分を、遠心力たっぷりに宮城の歯へ振り降ろした。
「や…」
「やめ…」
「やめろおお!!」
振り降ろされるモップ。
宮城の頭部を掴む堀田の手。
その両方を止めた腕があった。
「花道…流川…」
鼻や唇から大量の血を流す宮城の声には、どこか懇願じみた響きがあるようにには感じられた。
を押し退けて喧騒の場へ向かった流川に頭を抱える。表沙汰になればバスケ部がどうなるかくらい流川にも検討ついているだろうに。
「なんだ…バレてもいいのかお前ら。廃部だぞ」
「うるせーそんなもん…ゴマかす!!」
「モミ消す!が」
「こらこらバ楓」
モップが、バキッと景気良く威勢良く折れる音がする。
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三井さんの一人称は原作へ忠実に『オレ』にするか、火原の理想を求めて『俺』にするか迷いました。
結局悩んだ末に理想を求めましたが、番外編とかでは『オレ』も使ってるかもしれない。結論は気分ということで。
流川や水戸君も『俺』になります。仙道は…どっちが似合うかな。