欠けた珠は完全にはなれない。
私は永遠に未完成のままだ。


Dark red −彼岸花―
Part1.03 欠けた



人が多い場所は苦手だ。
家柄上そういう社交場にはよく立ち会うが、いつまでたってもソレは慣れない。
例えばたくさんの蠢く気配だとか、騒がしいだけの声だとか、空気に混じった体温だとか。
そういうもの全ての相乗効果で気分が悪くなる。吐き気がする。
その上―――さながら動物園の珍獣のように視線を向けられたら。
―――眩暈がする。
水を喉へ流し込んで私は席を立った。ふと、ダンブルドアと目が合う。

―――心を、見透かされたような気がした。


   ■ ■ ■


悪戯の仕掛けのため広間を抜け出した僕達は、自分たちのでない足音に気づく。
教員かと思いさっと身を透明マントで覆ったが、その姿が確認できるとほっと胸をなでおろした。
スリザリン志願グリフィンドール所属の異例の転入生。
規則正しい足音をさせて背筋を伸ばし歩くその様は、まるで王族だか貴族だかのように感じた。
何か違うと、僕は思う。
彼はここにいるような人間ではないと―――直感的に、思った。
それは偏見とか差別とかそういう次元のものではない。
存在することがおかしいと、理屈を抜いて感じてしまう。
次に目に入った風景で、僕はなんとなくその違和感の理由に気づいた気がした。

手すりに手をかけて群青色の空を見上げるその様が。
―――まるで絵画。
幻想的でどことなく抽象的で、その場だけ現実から切り取ったような。

生きている感じがしないのだ。

刹那ゾクリと首筋へ冷たいものが流されたような感覚へ陥る。
恐怖。
・という生きた人形への―――拒絶だ。
目配せをしてシリウスへ目をやれば、同じものを感じたことを悟る。
空気がやけに冷たくて。赤い瞳が硝子のようで。
不意にはくるりと振り返り、見えていないはずの自分達一点を見つめる。
透明なんだ見えるはずがないと僕は思う。
同時に違う、と否定した。

視えて―――いるのだ。

「…見覚えがあるとは―――思ったんだ」

中性的な声が静まり返った城内にやけに響く。


「君はブラック家の長男だろう」


友人である僕から見てもシリウスは十二分に整った顔立ちをした男前である。
いつも良い意味でクールなシリウスの顔は、今や英国民全員が死に絶えたような仏頂面だった。
彼が自分の家族、ひいてはその一族のほとんどが嫌悪の対象であることを僕は知っていたからシリウスの気持ちも察すことは出来る。
「流石兄弟、よく似ている。私は君とは初対面だけれど弟君とは幾度か会った―――」
柱へ背を預けたは腕を組んでシリウスの顔をじらりと見つめた―――ように見えた。
「…その割にはブラック氏にはあまり似ていないな……」
シリウスの手は僅かに震えていた。
きっと今にも殴りたいのを我慢していたのだろう。
しかし―――彼が殴りたいと思っているその対象は、なぜか僕にはではないように思えた。
冷静に第三者の立場で考えてみると別段が何か悪いことをしているわけではないのだから。彼は只シリウスの顔について考察しているだけである。
けれどに、僕らが、今のシリウスが視えているのなら。
(…随分、悪趣味な趣向だなぁ)
これではわざと怒らせて愉しんでいるか、それとも本当の馬鹿のどちらかだ。
「…ああ」
形の良い唇がゆっくりと動いた。

「それなら―――母君に似ているのか」

もうシリウスは黙っていなかった。
リーマスの抑制も聞かずシリウスは透明マントを掴むとバサっと音をさせて剥ぎ取りぴんとした姿勢で立ち上がる。
僕はこの怒りの表情を露にするシリウスも、美しくて好きである。
「お前に関係ないだろ!」
「あるはずがない。私と君は初対面だと言ったばかりだけれど」
「…あの家の連中を知ってるのか」
「面識はあるよ」
「面識しかないんだな」
「歴史は知っている」
「…そうか」
シリウスは冷静さを取り戻したと言うよりも、熱い激昂から冷めただけのような、温度に例えるならぬるま湯のような雰囲気になった。
目にかかる長い前髪を揺らしてシリウスはへ背を向けすたすたと歩いて行く。
僕はリーマスの腕を引っ張って後を追いかけた。
ピーターはほうっておいてもきっとついてくる筈だ。
「忠告しとく」
不意にシリウスがピタリと足を止めて、肩越しにへ言った。

「二度と―――俺の前であの家の話はするな」

まるで人形の会話だった。
もう大丈夫だろうかと僕はリーマスの腕を放す。
再び歩き出したシリウスへリーマスは寄り、しきりに何かを話しかけていた。
僕は立ち止まって、

「獅子は激情家だよ。あまり深追いすると全身食いちぎられてジ・エンドさ」

彼へ告げた。
宣戦布告というわけではない。
関わるなと暗に言い―――僕は僕らと彼の間に不可侵の境界線を張ったのだ。


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最初は主人公視点、後半はジェームズ視点。
初期と変えたところは4人が彼女を『嫌う』んじゃなくて
『恐れる』対象にしたところ。
(2006.11.18)

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