バスケ部の練習時間はそれはそれは長かった。
初めての緒戦勝ち抜きであろうと浮かれるようなこともなく(第一キャプテンが浮かれさせてくれない)、真面目に地味に練習に取り組む。
そして恐ろしくキツかった。私は毎年この光景を見てるけれども、今年は特に次の試合を控えているだけに手を抜くことはしていない。
マネージャーの仕事も日々増えていくことが少なからず嬉しかった。
チームのために働いているという実感。微々たる日々の成長をすぐ側で見ていられる快感。
最近の私は、ほとんどその2つに動かされているようなものだ。

04:心臓のトーキング


「よーし、今日はここまで!!」
赤木の声がかかると、各々これまでやっていた練習を止めて赤木の周りへ集まり今日の活動の評価と明日の練習の指示を仰ぐ。
そして言われたことのメモを取るのもマネージャーの仕事だ。
大概そういった仕事はが請け負っている。
解散の声がかかると、部員達は鉢の子よろしく一斉に散った。
2年生はロッカールームに、1年生は器具の片付けに。
しかし流川はほぼ毎日居残って練習をしているため、この日も水道で水を浴びると着替えることなくまた体育館へ戻る。
「まーだすんのか」
「よくやんなぁ、アイツ」
顔の水滴をタオルで拭いながら言う三井に、流川の後姿を見た宮城も同意した。
ほぼ体力を使い果たした後でさらに自主練。
流川と自分達との根本的な差はそこにあるのかもしれない、と三井はどこか客観的に思う。
パスッとボールがゴールを通過した音がして、宮城が「すげーな」と呟くのが聞こえた。

「何時までやるのー?」
すっかり制服へと着替え終わったが日誌を片手に流川へ呼びかける。
シャーペンを指先でくるくると器用に回して返事を待った。
「…あと30本で帰る」
は思っていたよりずっと短い自主練時間の返答に、お、と眉を上げる。
同時に慌てて日誌を開いた。早く記入してしまわないと流川が練習を終える。
は極力人を待たせることを厭んだ。
故に、自分の仕事を理由に流川の帰りを遅らせることは避けたい。
普段から流川に「先に帰れ」と言われない限り二人は一緒に下校している。
それは変質者対策でもあったのだけれど。
「今日夜何食べたい?」
「……からあげ」
「鳥の唐揚げ?カレイの唐揚げ?」
「鳥」
「りょーかい。じゃ晩御飯は唐揚げと中華スープと春雨サラダかな」
「ほう」

「…もしかして先輩と流川って同棲中?」

ロッカールームから、ぶっと盛大に噴き出す音が聞こえた。
「「「なに―――!?」」」
怖ろしい勢いで制服に着替えた三井と宮城が出てきて、彩子にドリブルの指導をされていた桜木も合わせた3人の叫びがぴったりと重なる。
それだけの破壊力が彩子の問いにはあった。
「フジュンイセイコーユーだ!!」
「うるせぇ」
びし!と効果音の突きそうな勢いで指を差す桜木を流川は一蹴する。
そして心底面倒くさそうな視線を投げかけた。
「お前らマジで付き合ってんのか!?」
「すっげ、どこまでいってんだよ流川!?」
少し慌てたような三井の声と尊敬の念を含む宮城の笑顔にはそっと悲しげに笑って顔を背けた。
ああ、なんと食いつきの良いバスケ部だ。
思わず涙が溢れ出しそうになる。
常識的に考えてまず同棲はありえないだろう。
というか流川も否定しろ、とは心の中で呟いた。
「…家近いから一緒にご飯食べてるだけだって……」
「二人っきりで?」
「うちも楓の家も帰り遅いから」
「じゃ付き合っては」
「「ない」」
即答で(その上声をそろえて)否定されてしまうが、彩子は食い下がった。
しかも彩子だけではない。妙に三井まで質問攻めにしてくるので面倒度倍増。
は溜息をついて日誌をぱたりと閉じた。
「楓には番犬役してもらってるの。」
「番犬ン?」
「ストーカー対策。別にストーカー自体は珍しくないんだけど、前ちょっとヤバいことになったから」
「え、ヤバイって…どうなったんですか先輩?」
「車ん中連れ込まれて強姦されかかった」
ガン。
と鈍い音を立てて三井は後ろへよろけた。
そう言っても頭をぶつけるようなものは何もないので、敢えて言うならの発言そのものにノックアウト。
「ケーサツに言わなかったのかよ!?」
「言ったよ。でも未遂だし、事件にならないと警察は動けないとか何とか」
「ああ、警察ってそういうトコありますよね。そのときは逃げれたんですか?」
「思いっきり股間蹴り飛ばしてなんとか。」
「強いですね先輩」
「なんか私そういうのに好かれやすいみたいでさー、昔からこーゆーの絶えなかったから」
「そこで番犬こと流川登場なわけですか」
「実際楓と一緒に居るようになってから減ったよね。変質者」
「減りはな」
そう言って流川は30本目のゴールを決める。
ボールを拾い上げると、ロッカールームへさっさと引っ込んでしまった。

「先輩も大変ですねぇ」
「もう慣れたよ」
「よく判んねーけどよ…そんな多いのか?ストーカー」
「いや多いっていうか…面倒?凄い不屈の精神してるし」
「よく先輩今まで無事でしたね」
「止めて彩子ちゃん、生生しいから」
困ったように溜息を吐くに、三井は言いようのない苛立ちを覚える。
の容姿が良いのは判る。性格が良いのも10人に聞けば8人は少なくとも認める。
だが、何故それだけで彼女がそんなめにあわなければならないのか。三井には理解が出来なかった。
「…三井さん?」
急に押し黙って俯いた三井に、が訝しげに声をかけた。
それでも反応を返さない三井の頬を軽くぺしぺしと叩く。
触れたところから熱が移るような気がした。
今胸に耳を当てられたら、大きすぎる心臓の鼓動が伝わってしまったかもしれない。

「おい」
「はいはい行きます、じゃ彩子ちゃん桜木君の練習まだ続けるなら鍵頼むね。お疲れ様」
「お疲れ様です」
ぶっきらぼうに呼ばれて並んで歩いていくの後姿を見ながら、三井はその場に座り込んだ。

このまま煩い心臓が止まってしまえばいいのに。
何故か三井の顔は真っ赤に染まってしまっていて、三井はしばらく顔を上げられなかった。


   
書きたかったネタを忘れてしまった。
仕方ないので思い出したらそのうち短編で書こうと思います。