大会5日目からはスタンドが観客で埋まる。
シード校の登場は対戦相手である私達に優しくなくてその応援の凄さは去年一昨年と判ってたつもりだったけど。雰囲気に呑まれたらまずウチに勝ちはないなと思った。
特に、楓はまだしも他のメンバーはこんな歓声の中での試合は初めてのはずだから。
「翔陽と対戦したことはないけど…去年見た限りじゃわりと小さいチームでしたよね!!」
「うむ…スタメンは小さかったね」
「でも控えはかなり大きい人が揃ってたよ。彩子ちゃん覚えてる?」
「あ…」
「彼らが今年の3年です」
「―――!!」
その後一層大きな声援が上がって翔陽がコートへ出てきた。
ジャイアント馬場も吃驚。とにかく大きい。190センチ越えが何人いるんだ。
花形さんの隣に居る藤真君がやけに小さく見える気がして、私の目もとうとう汚染されたかと少し失礼なことを思ってしまった。
「それにしても藤真君は恰好良いなぁ…」
「…先輩って案外ミーハーですよね」
ほっといて彩子ちゃん。
06:刹那のルッキング 1
「スタートは赤木君、三井君、宮城君、流川君、桜木君、の5人でいきます。君たちも強いチームですよ…!!」
安西の言葉は魔法の様だ。
落ち着いているが力強くて、静かだけれど人を上手くコントロールし進むべき道へ導く。
まずは翔陽の高さに対抗するところから勝負は始まるわけだから桜木にさっさと退場されては堪らない。だからまず桜木に自分の重要性を認識させファウル・トラブルを出来る限り回避させる。
そしてそれがこの先桜木の成長に大きな意味を持つだろう。安西にはそういう思惑もあった。
「上手く桜木君を使いましたね、先生」
「なんのことでしょう」
こっそりと言うに安西は判らない風に答える。先生らしいとは溜め息を吐いた。
「それでは翔陽高校対湘北高校の試合を始めます!!」
試合は、赤木がジャンパーヴァイオレーションを取られると言う風向きの悪い状態で始まる。
「赤木先輩以外みんな自分より大きい相手ですね。リョータなんか10cm以上も…」
「うむ…」
「これは上のパスは通らないなぁ…」
戦況は芳しくない。
簡単に上を通すパスは通されてしまったし、インサイドに高い人間が集まってしまっているのでディフェンスも厳しい状況だ。
桜木も気をつけてはいるようなのだが早くもファウルを出してしまう始末。
「あ〜もう、桜木花道は!」
「………」
花形へパスを出した高野の手を叩いた桜木にはふとあることに気付く。
「…桜木君、反射神経が良すぎるんだ…」
「え?」
「今のもボールが8番の手を離れたすぐ後に出たでしょ。多分普通ならボールが完全に手を離れてから反応するからファウルしないんだけど」
「桜木花道の場合反応が早すぎて手を叩いちゃうのか…」
翔陽の勢いが増す中で赤木の動きのキレが鈍ってきている。
赤木が強豪翔陽との試合に緊張しているのは火を見るより明らかだった。否、赤木だけではない。スターティングメンバーの全員が固くなっている。
強豪と呼ばれる翔陽との試合で緊張しないはずがないのだ。
「どうしたんだみんな…もう肩で息をしている…!!」
「どうしたの!?翔陽だからって遠慮することないのよ!!」
『強豪翔陽』。
その名に既に引き気味になっている。
何とかしてやりたいとは思うが、この気持ちの問題に関しては己自身で乗り越えるしか立ち直る術はない。
―――ただ一人を除いて。
翔陽ゴールの下でボールを奪う。弾いて、捉える。流川がコートを走った。
宮城の制止も聞かず、桜木のパスを求める声などもってのほか。
2対1の状況にも怯まず突っ込んで流れるが如くパサッとゴール。
当然ながら個人プレーに走った流川を責め牽制すべくメンバー4人が流川の周りに集まったが、からは話の内容は聞き取ることが出来ない。
「なにやってんだ!?ディフェンスディフェンス!!来たぞ!!」
「おおう!!!」
コートへ向き直った4人がやけに殺気立っていて、また流川が何か言ったんだろうとは呆れたように溜息を吐いた。
「まーたあの問題児軍団は…」
「…うん、まあ単純でいいよね」
流川のプレーを機に流れは湘北に傾き、リードしている翔陽が先にタイムアウトをとる。
盛り上がるベンチをよそにはまたこれで翔陽が落ち着きを取り戻すことを確信していた。
藤真の人を巧みに操り使うカリスマ性は確かなものだ。は2年間その場を見ている。特に今年の藤真の打倒・牧に燃える迫力は怖ろしいほどのもので。
早く藤真を引っ張り出さなければ。
時間がを焦らせた。
(三井さん…)
胸中にもやもやとした不安を抱えては前髪をくしゃりと掻き揚げる。
「先輩、三井先輩凄い騒がれてますよ!」
「…え、あー、うん。そうだね」
2年のブランクがあるとはいえ中学時代はスーパースターだ。
『三井寿』の名は随分知られているしシューターというポジションは点数を稼ぐと言う面で目立ちやすい。
それに三井はディフェンスも上手い。そういうことは、も判っていたのだが。
心配なのはその後だ。
落ち着きを取り戻した翔陽が花形を中心にどれだけ攻めてくるか。息を吐く間もないほど怒涛の勢いをつけることは目に見えている。
一度は藤真も立ち上がりかけたが、逆に『立つ』という行為がいい刺激となって翔陽を煽った。
1点差で前半を終わらせたものの疲労は激しい。
後半初期は桜木のリバウンドにより追い上げムードになり逆転したが、が勝負を見ていたのはその後だ。
「メンバーチェンジ!!」
ホイッスルが体育館へ響き、ベンチでのクールな姿が嘘の様に熱い藤真がコートを駆け抜ける。
藤真のいる翔陽は雰囲気からしてまるで違った。
勝ちにいく執念。県ナンバー2としてのプライド。有能な人間に使われることによって発揮される才能。
すべてが翔陽を強くする。
だが。
「試合前に君たちにいったことを覚えていますか?」
湘北とて執念と意地に関しては負けていない。
ことプライドに関しては無駄にずば抜けてさえいるのだ。
「「「「「『俺たちは強い』!!」」」」」
「よろしい」
良い意味で必死な顔をして安西の言葉を繰り返す5人が妙に可笑しくて、はクッと喉で笑った。
まだ勝った訳でもないのに何故かほっとするものがある。
リードしている状態より追いついて追いついて追い抜こうとする攻めの姿勢の方が慢心も過信もなく湘北らしいということだろう。
「花形はオレに任せろ」
「ゴリ」
「ゴ…キャプテン」
桜木につられて赤木を『ゴリ』と呼びかけた流川に彩子が噴き出したが以外に気付いた者はいなかった。
「天然ですよねぇ、流川って…」
「大真面目なのが悲しいところだよ」
何とも言えない表情をして憐れみに近い視線を流川へ投げるマネージャー二人に小暮は何とも言えなかった。
「…三井さん、大丈夫?」
「ああ?」
作戦会議中もずっと椅子に座ったままでいる三井には追加のポカリを渡すが、三井の早いペースで行われる呼吸に気がつけば声をかけている。
が最初から心配していたのはこのスタミナ切れだった。
まだ40分フル出場の経験を持たず、さらに2年のブランクでスタミナをつけるメニューをこなしていない三井の体力はおそらく底をつくのが早い。
「深呼吸しよう三井さん」
「いいっつの…」
「いいから深呼吸。吐いて、吸って。吐いて、吸って」
三井の腹の動きを確認しながら、リズムよく丁寧に呼吸を促す。
体に(というより特に頭に)酸素を循環させるよう軽くマッサージしながら体を叩いて。
三井は少し身体が軽くなったのを感じた。先程よりも幾分頭がスッキリしている。
「多分、次6番がボックスワンで三井さんについてくるよ」
会話を盗み聞き出来たのである。
「フッ…誰にいってんだ?」
ニヤリと笑う三井には「君だよ」と拳で軽く小突いた。「その言葉信じて良いよね?」
「嘘吐いたことはねーんだ」
「大嘘吐きだ」
「悪かったな」三井は眉を顰める。
はスポーツタオルを三井の頭に被せるとガシガシと乱暴にかき混ぜ、思いっきり髪を乱して楽しそうに笑った。
「…大丈夫?」
「誰かさんが人の髪をグシャグシャにしなきゃな」
「うわあ、誰のことだろう」
「………」
「ごめん。謝るから無言で米神押さないで」
あー痛ーとヒリヒリ痛む解放された米神を押さえるに三井はフンと鼻で笑う。
ピー!とホイッスルの響く音がしてタオルをに投げ渡して三井は立ち上がった。
未だ整いきらぬ呼吸に足取り重くコートへ向かうが、その背は随分弱々しく見える。
やはり相当疲れているのだ。
「先生、三井を少し休ませた方がいいんじゃないですか?かなり疲れてますよ……!!」
「本当だわ…いくら中学時代のスーパースターでも2年のブランクがある上に、相手は強豪・翔陽……疲れがでて当然よ…!!」
「オレ、アップしときます!!」
ガタッと立ち上がる小暮の腕を掴む手があった。
見下ろせばが小暮を見上げ頭をふるふると横に振っている。
「小暮君。彼はひっこめませんよ」
「先生…」
「三井さんのプライドが傷つくよ。座って、小暮君」
翔陽のディフェンスがゴール下で固まって広がらない。三井の放つシュートは長谷川にブロックされてしまい、翔陽に勢いがついてゆく。
長谷川を振り切る動きで三井の疲労は増し、外からの攻撃が出来なくなる。宮城に外からのシュートはない。
悪循環で、これこそが翔陽の狙いだった。
三井の外からのシュートを封じてしまえば後はゴール下のディフェンスで済むと。
「疲れてても…ひっこめる訳にはいきませんよ」
安西の言葉には胸がじくりと痛んだ。
勝つには三井のスリーポイントが必要なのだ。それを導く手立ては、三井本人にかけるしかなくて。
どうにもできない自分がもどかしい。
ベンチで座っている人間に出来ることなんて、あとは祈り信じることしかない。
―――本当に?
ふと思いついたのは、半分以上三井自身に賭ける策だった。
← →
私って原作沿いが怖ろしく苦手なんだ…!と気付きました。