私の一番はずっと楓だった。
楓の一番はバスケだろうけど、それでも多分二番は私だと思う。
今まで恋をしたことがない訳じゃない。でもいつも彼氏と楓を天秤に掛けたら楓に傾いてた。
それなのに、何故だろう。
今日の私は、気付けば楓よりも三井さんを眼で追っている。
06:刹那のルッキング 2
熱くなりきれていない、というよりも躍起になって方向性を見失っている。そんな風に三井は見えた。
出口に立っているというのに、近すぎて其処が出口だと判らない様な。
三井のぐしゃぐしゃなプレーを見ているのがもどかしくて堪らない。
まだ、そこは限界じゃないだろうに。
こうしてコートに立った人間を見ていると、敵は相手チームではなく自分自身なのだとつくづく思わされる。
最早其の域は技術や体力などの能力差ではなく精神面の問題なのだ。
だから早く気付いて欲しい。
三井の手は、身体は、何のためにあるのかを。
「てめえ、試合前に俺を5点以内に抑えるとか言いやがったな!俺が前半何点とったか判ってんのか!!」
「5点だ。それで終わりだ」
「ナメんな―――」
力の入り方もフォームもバラバラなのがベンチから見ていても判るのだから、三井自身はもっと痛感していることだろう。
長谷川を意識しすぎていて三井の身体が狂っている。
こんなにも「敗北」が怖いのは初めてだった。試合に負けることが怖い。だがそれよりも、は三井が負けることが一番怖ろしく感じた。
流川の敗北すらこれほど恐ろしくは感じないだろう。
試合は残り5分まで迫っていたが点差は10点以上開いていて、は眉間に皺を寄せて目を伏せた。数秒が数分にも感じられては(馬鹿だ)と自嘲気味に口端を上げる。時間とはもっと絶対的なものである筈で個人差などない筈だ。
はうつ向いて前髪を掻き上げ視線を三井から外していたから気付かなかったが、ちらりとベンチへ視線を寄越した三井の瞳の奥にくすぶっていた焔が静かに燃え始めていた。
シュート態勢に入り跳び上がった三井を長谷川が正面からブロック、三井は背中から体育館の床へ叩きつけられ。
「三井さん!」
ファウルを告げる審判の声とホイッスルの音。
とっさに口をついて叫んだの名前を呼ぶ響きが三井の耳へクリアに飛び込んでくる。
チームメイトが自分へかける声や熱狂する観客の耳をつんざく歓声とは全然違う世界へそれだけ切り離したふうな。
聴覚がガラスの壁と壁で隙間を作って、その響きだけを選別して通した様な。
それほどの声がはっきりと聞こえた。
「ミッチー」
「触るな」
三井を気遣って肩へ手を置いた桜木を三井は振り払う。
「そうだった…MVPをとった時もそうだったはずだ……」
同情は受けない。心配なんて受け付けない。
窮地に追い込まれたとしても、否追い込まれてこそヒーローはいつだって常勝無敗でなくてはいけないのだから。
「こういう展開でこそ俺は燃える奴だったはずだ…!!」
恩師のために。
仲間のために。
惚れた女のために。
何より、自分のために。
赤く豪々とした焔が燃え上がる。
3本のフリースローのうち1本目を即放るとベンチから何やら小暮の声が聞こえた気がしたがそんなことは関係ない。
「さっさと続きを始めるぞ!俺の気持ちが醒めないうちにな!!」
ざわり、との心がざわめく。
3本ともフリースローを決めオールコートであたる三井に小暮がの隣で信じられないという顔をするが、はそんな小暮にも気付かずコートへ釘付けになっていた。
「来い」
長谷川へ向かっていく三井の気迫が、数分前までとまるで違う。
宮城からパスを受け取って、どう攻めるかと思えば迷わず投げられたスリーポイント。
藤真が「リバウンド!」と叫んだがボールはリングにも当たらずパシュッとゴールに吸い込まれて、湘北ベンチの人間を奮い立たせた。
は瞬きすら忘れたように、コートから―――三井から、目を離さない。離せない。
段々と呼吸が苦しくなっての喉からヒュッとかすれた音が漏れる。
藤真のスリーポイントシュートを止めた宮城が速攻で走った三井の元へボールを送った。
跳んで構えて、ボールを放る。
球体が綺麗な弧を描く。
「ふむ…きれいなフォームだ…」
安西も思わず呟く程に美しく整えられた三井のフォームは崩れずに床へ足をつけ。
入った。
そう確信した三井は笑みを浮かべ拳を握り空へ突き出した。
刹那、
ドクン―――
心臓が一度大きく跳ねて、停止した。
無意識だったがはそう思った。
しかし次の瞬間心臓は急速に活動を開始し身体中の血液を沸騰させ指先から爪先まで全ての器官にその血を循環させる。
大きな瞳を溢れんばかりに見開き瞬きすら忘れ男を見つめる。
声が出ない。
顔が熱い。
おかしい、先程まで熱などなかったというのに。
ハラリと一筋涙が溢れた。
槍の様に突き出された大きな拳と三井の笑顔がの脳裏に焼き付いた様に離れない。
心臓の収縮が早鐘の如く鳴り響きまるで警告音の様。
ヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバい―――
パリンと音を立てて世界が壊れた。
自分の周囲の空気だけが一気に収縮し始めたようにの胸を押さえ付ける。
意識してはいなかったが左手を頬まで持ち上げて線の入った傷を撫でた。
幾度も、幾度も指を往復させその存在を確かめる。柔らかなサラサラの肌に醜く亀裂を入れた傷を覆うように左手で包むと、頬が随分熱を持っていることが判って。
は眉をハの字に下げて両手で顔面全体を覆った。
恥ずかしい。
どうして私は、あんな綺麗な男に触れられて正気でいられたのだろう。
目を奪われた刹那、心までも奪われて息もできないくらいに、
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こっちもKOIに落ちた。
連載初期から書きたかったシーンの一つです。