「湘北が…神奈川の王者、海南大附属とIH出場をかけて戦うところを毎晩思い描いていた。一年のときからずっとだ」
それは赤木さんだけじゃない。
少なくとも木暮君と私も同じように思い続けてたはずだ。まぁ、私よりもずっと思いは深いのかもしれないけれど。
「絶対勝つ!!」
おお!と声を揃える威勢と意気込みは頼もしいけれど、力みすぎて怪我をしないかどうかが少し心配になる。
が、私はまあ大丈夫だろうと肩の力を無理矢理抜いた。
流石にこの大事な試合で調子に乗りすぎて負傷するようなアホはいないと思いたい。
いや、アホは豊富に居るがきっと赤木さんがストップをかけてくれるに違いない。
よし信じよう。
07:曇天のショッキング
「と思ったのに信じたキャプテンがそのアホだったんだけどどうすればいいんだろう」
「テーピングでガチガチに固めてくれ。動かないように」
「はいはい あーもう、しょうがないなぁ」
赤木の顔面と言わず全身から吹き出す脂汗に気付いていないわけではなかったが、は敢えて何も言わずに救急箱からテーピング用テープを取り出す。
控え室まで赤木を抱えてきてくれた桜木にコートへ戻るよう指示を出すと、は黙々と赤木の踝をきつく包んでいった。
「…骨に異常があるかもしれない」
どんどん腫れの増していく踝を見ながら呟かれたの言葉は確実に赤木へ届いていて。
「どうしてだ…なぜ今…!!」
痛い程に赤木の気持ちが判る。
まして赤木は、中学の頃から全国制覇を夢見てきたのだ。その悔しさやの比ではない。
「骨が折れてもいい…歩けなくなってもいい…!!」
口には出さないがはそれは拙いんじゃないだろうかと思った。
今ここで海南に勝って全国へいけたとしても赤木を欠く湘北にまず勝ち目はないと思われる。
「やっと掴んだチャンスなんだ…!!」
「赤木さん……」
直後、更衣室に桜木の声が響き渡った。
「頼れる後輩になったと思う?」
「…ふん…」
「素直じゃないな」
「黙って巻け」
「はいはい」
手際良く巻かれていくテープを見ながら赤木はタオルで脂汗を拭う。
「赤木さん」
思いきり強く込められた力がの心情を表しているように思われて。
「一つ言いたいんだけど」
「?」
「赤木さんも一緒に全国行かなきゃ駄目だから」
骨イってたら許さないよ、と言うの目が据わっているのを赤木は見てしまった。
ずっと夢見ていた全国の舞台。
そこまでメンバーを引っ張って行くのは赤木の役割だと、は心から思っている。
「大体赤木さんがいなきゃ誰があの些かやんちゃの過ぎる困ったちゃん達をまとめるの。嫌だよ私は。木暮君の手には余るだろうし」
「…言うな、頭が痛くなる」
「想像するからだよ」
その時体育館いっぱいにはちきれんばかりの歓声が響いた。
会場中の人間が叫んでいると錯覚させるに十分な程の音は湘北の控室まで轟く。
「………!!」
「凄い歓声…まさか…」
もう勝負が決まったのかと不安になりながら顔を上げた二人の目に飛込んだのは赤木晴子の姿で。
息をきらし肩で呼吸する姿から出来うる限りの全速力で駆けてきたことが窺われる。
「お兄ちゃん!!さん!!」
「晴子ちゃん、この歓声…」
「すごいのっ!!桜木君がすごいのよう!!」
興奮した晴子の言葉に一瞬目を点にする。
「……頼れる後輩になったね?」
「ふん」
たわけが…と言うようなことをぶつぶつと呟く赤木には破顔した。
コートへ戻ると丁度前半が終了したところらしく、得点ボードを見ては我が目を疑う。
「同点………?」
あんなにも引き離されていて、赤木の穴で更に離されるだろうと予測していた点差を大幅に狂わせる結果には素直に驚いた。
和気あいあいと赤木を囲むメンバーの言うことに、やはり桜木の活躍が大きかったらしい。
「後半いけるんだろうな赤木!!」
「任せろ」
三井の言葉に汗一つかかぬ頼れる笑顔で答える赤木の踝が、到底後半出れる状態でないことを知っているのは、現時点で(と、もしかしたら安西)だけである。
ハーフタイムの休憩に向かうメンバーの中、は三井のユニフォームを控えめに引っ張った。
違和感を感じ足を止めた三井はうつ向くを視界に入れ、少々戸惑う。
「…赤木さんの足、もしかしたら骨に異常があるかもしれない」
「…そんな酷いのか…?」
コクンと頷くに三井はいよいよ焦った。
そんな激痛の中で、果たしていつも通り動けるのだろうか。いや、そんなこと出来る筈がない。
「だから三井さん、なるべく赤木さんにかかる負担を少なくしてあげて」
「ああ。判った」
三井はコツンと拳をの額に軽く当てて「心配すんな」と不敵に笑う。
少しでもの心配を軽くしようとしたのだろう。
しかしの反応は三井の期待を裏切り、頬をほんのりと染めて半歩後退るという予想外な行動だった。
疑問に思わないでもなかったが三井はさして気に留めずベンチへと移動を再開する。
(…心臓に、悪い)
最近の自分―――正確に言えば翔陽戦から―――は、三井に対して反応が過敏になっているような気がして。
原因はよく判らない。
ふるりと頭を振っても三井の後へ続いた。
49対49。
今からこの点差を広げていかなければならないのだから、余計なことを考えている余裕などない。
―――僅かに熱を持った頬など気付かないことにして。
後半戦の赤木復活に湘北応援の観客は盛り上がりを見せる。だがそれよりも彩子が気になったのは妙に落ち着き払っただった。
赤木の怪我が予想以上に悪い状態であることは聞かされたが、それを誰より判っているはずのの表情に焦りや心配の一文字もない。
それがかえって嵐の前の静けさの様な印象を彩子へ与えた。
桜木がジャンパー交代に名乗りをあげた頃安西がの名前を呼ぶ。
「赤木君の足……無理だと判断したら私がすぐに替えます」
「先生…」
「だから、もっと肩の力を抜いて見ていなさい」
「……はい」
苦笑いするを見て彩子も漸く落ち着けた。そして同時に自分がマネージャーとしてまだ未熟だったことを思い知らされる。
ベンチに座っている自分達の表情の暗さは、それ即ちメンバーに何らかの心配要素があること、つまりそれほど深刻であることを敵へ教えるサインとなる。
そんな顔をしているのが救護担当であるなら尚更だ。
―――まあ、そんな気遣いをせずとも怪我の程度がどれ程悪いかは、本人の滝のように流れ出る脂汗を見れば一目瞭然なのだけれど。
暫く試合経過を見ていてが不意に小さく呟く。
「…かなり疲れてるかな」
「え?」
「皆疲れてるけど…前半にとばしすぎたのか、海南が強すぎるのか…どちらにせよ、牧さんのマークは一人じゃ無理ですよ先生」
「…そうですね」
安西の指示がコートへ届き、牧がボールを手にした瞬間宮城と三井の二人が牧を囲んだ。
きゅ、との胸が締め付けられる様な痛みに襲われる。
牧が二人を抜いた途端桜木と流川のヘルプが入るが、牧は待っていたと言わんばかりに外へボールを放って。
神のシュートが時間を止めた。
綺麗で。柔らかで。滑らかで。正確な。
思わず恐怖さえ覚えてしまうほどの、芸術。
才能ではない。シューターとしての才能ならおそらく三井の方が上だろう。
しかし三井はこの2年間まったくシュートの練習をしていなくて、努力による力量差は埋めることが困難だ。
は身体に穴の空いたような空虚な気持ちを抱えてコートを覘く。
ああ。
怖いな。
安西の海南対策の説明が一通り終わった後の桜木の調子の乗り様は凄かった。
桜木が安西の顎肉を揺らすのはもう癖なのだろう、周りは然程気にしなくなってきたが未だに三井だけは「やめろバカヤロウ!!」と怒鳴っている。
三井にとって安西は神様にも等しい存在なのだから無理もない。
少し妬ける。
「楓、タオル」
汗の染み込んだタオルを流川から受け取りは軽く2回流川の背を叩いた。
やり場のないモヤモヤした気持ちの矛先はいつだってこの2人はお互いなのだ。
「大丈夫?楓…」
「どあほう」
いつもより大分疲れているように見える流川を気遣ったつもりなのだが流川にとっては余計な心配に映ったのだろう、の頭部へ拳を落とした。
面白くないと、いかにも不機嫌だという顔をした三井が見ていることに気付かずは頭を押さえて笑う。
「いってらっしゃい」
流川だけに向けられる綺麗な笑顔が妬ましい。
試合は依然として4点差と6点差をいったりきたりしている。
「あと4点が遠いなあ…」
ぽつりと呟くに、彩子はいよいよ気を引き締めることにした。
に言われてタイムウォッチを覗いて、彩子は顔色をさっと青に染めて。
「まずい…時間がない!!」
ここまできたら仲間を信じるしかないと判っている。は祈りにも似た気持ちで両手を握った。
体力の限界にきながらも最後のダンクを決めてきた流川を介抱しながらは試合を行く末を見守る。
己への悔しさに強く拳を握る流川の右手へ触れながら母親が子供をあやすように優しく撫でる。
「…お疲れ様、楓」
4点差、イコール、ワンゴールなら負け。
その状況では何故か落ち着きを取り戻していた。
風の凪いだ海のような穏やかさが心の中に浸透している。
赤木が三井にパスを出したが三井は疲労のあまり気付けていない、そういう光景を見たとき瞬間的にざわつきはしたが。
木暮の頭脳プレーにより事なきを得たが三井の体力も限界にきている。
口を大きく開けて少しでも多くの酸素を取り込もうとする三井の姿に、は自分の落ち着き様に合点がいった。
落ち着いているのではない。
選手に何もしてあげれることのない自分の無力さが―――歯がゆいのだ。
なんて。
なんて自分勝手で思い上がりな。
そんなことを考えていたら、三井の頭に桜木のチョップが入るのが見えた。
「なにすんだコラッ!?」
「おお、まだ元気じゃねーか」
「!」
「根性みせろよミッチー!!」
「―――!!」
三井が不意にくるりとの方を向いて。
目が合う。
よく判らず反射的にはとにかくコクコクと頷いてガッツポーズを送るように拳を肩の辺りで握った。
桜木へ向き直った三井は桜木の顔面へチョップを入れて。
「俺を誰だと思ってんだバカヤロウ!!ナメンな!」
「ふぬ…」
「俺は“最後まで諦めない男”三井だ!!」
自分で言うか!!
ベンチまで聞こえてきた声には思わず笑った。
勿論、三井がへ振り返る前に桜木がボソッと三井へ呟いた言葉は聞こえていない。
「さん見てるぞ」
「…絶対入ったと思った」
「触ってたんだよ、あいつ」
彩子に三井へタオルを持って行ってくれと言われたは曇り空の様な顔で申し訳ないなと思いながら三井へタオルを差し出す。
最後の逆転のチャンスだった三井のスリーポイントシュートは完璧なフォームだったにも関わらずゴールから落ちてしまって。
肩で息をする三井を支えながらポカリを持って三井の言葉を聞く。
ずっと夢見ていた世界が夢に終わってしまったかのような虚無感。
そして結局自分が何も出来ることのないという少しの失望感がの表情を曇らせる。
「…なんだかなぁ、役立たずって辛いなぁ」
「あ?誰が役立たずだ!?この三井寿様に向かって」
「違うよ、三井さんじゃなくて私の方」
自嘲気味に笑うへ三井は眉間に皺を寄せて拳を落とした。
最近頭を殴られ過ぎてやしないかとは不安になる。
「役立たずなんかじゃねーだろ」
「…三井さん達に何にもできないし」
三井はから受け取ったポカリで喉を潤すと今度はの頭へ手を乗せぐしゃぐしゃに撫でまわした。
「お前が見ててくれっから力出るときもあるしよ、だから、あー」
歯切れの悪い言葉を紡ぎながら自分の頭を乱暴に掻く三井の耳が赤く染まっているのは気のせいだろうか。
「だったら試合が終わった後によ、お疲れっつってくれ」
一拍躊躇ってから上げた僅かに涙の入り混じった笑顔は三井だけに向けられたものだった。
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原作沿いって試合中はどうしてもラブにさせにくくてやりづらい。
そしてなるべく試合の描写を少なくしようとすると話が支離滅裂でやりづらい。