「「ぶわっははははは!!!」」
「三井さん笑いすぎ」
次の日の桜木君には驚いた。
何に一番驚いたかといえば、リーゼントから坊主への変貌もだけれどあの赤毛が地毛だということだ。
「誰だお前は!!」
「何だその頭は花道!!」
大笑いして床へ転げ回る三井さんとリョータの気持ちも判るがこれは笑いすぎかもしれない。
桜木君の顔へ所々貼られた絆創膏と昨晩の楓の姿からなんとなく事情が察せられた。
随分と思い切ったやり方だが、これが桜木君なりに考えて出した結果なのだろう。
後から水戸君達も加わって体育館は更に盛り上がりを加速させる。
とりあえず、この桜木君を「可愛い」と語尾にハートマークを付けて言う晴子ちゃんはやはり赤木さんの妹だけあって大物だ。

09:審判のウェイティング


安西に部員を集合させるよう言われた赤木は大きく手を2度叩いて此処の練習を止めさせた。
ハードな練習に息を切らせ肩を上下させる部員達を一望しながら安西はタイミングを見計らい声をかける。
坊主となった桜木の頭を「ほっほっ、いい手触り」と言いながら撫でる姿はいつも桜木からされていることへの仕返しではないかという思いをに抱かせる様子で、当の桜木は照れているのかまだ恥ずかしいのか怒鳴りながら安西の顎の肉を揺らした。
「さわるなコラァ!人のアタマを!!」
「よせコラッ!!」
それを止める三井も相変わらずで、果てには赤木まで便乗して桜木の頭を囃し立てた。
余談だが、当時の日本ではリーゼント=ヤンキー、坊主=ヤクザという世間的見解が蔓延していた。
桜木の場合それに加えて赤毛・巨体というオプションまでついていたのだから、その見た目の恐ろしさやとてもバスケットマンとは思われない格好だったであろう。
「オレのミスのせいで負けたからな!このくらいはしょーがねぇ!!」
そうきっぱりと言い切る桜木は見た目とは裏腹な立派なスポーツマン精神をこの3ヶ月で養っていた。
「それじゃあ5分休憩の後5対5の試合(ゲーム)をしましょう。今日はそれで終わり」
「なんだオヤジ、今日は随分楽だな」
「試合に疲れを残さないためにね」
安西の言葉に流川がピクリと反応を示したのをは見逃さない。
流川なりに海南戦でのスタミナ不足を痛感しているのだろう。は緩く溜め息を吐いて流川の背をぽんぽんと叩く。
「チームは1年生対2・3年生。ただし赤木君抜き」
は試合の準備に得点ボードをガラガラと出しながら入り口に人口が増えてきたのを横目で見た。
赤木抜きの試合となれば流川はいつもより見せ場が多いかもしれない。
そんなことを考えながらは上機嫌に得点表を彩子へ手渡す。
弟のように思っている流川の活躍はやはり嬉しいもので、彩子に「楽しそうですね、先輩」など言われてしまった。
しかし自分よりも試合にワクワクしている人間が居ることが判っているからは彩子と二人顔を見合わせて噴き出して笑った。
この試合での活躍が期待できる桜木と流川。
晴子にとって桜木は自ら発掘してきた期待の初心者であるし、流川は中学時代から憧れている想い人だ。
どちらの活躍にしても晴子には美味しい。
「いいですねぇ、恋するオトメの青春って感じで」
「本当、晴子ちゃんって『女の子』だよね」
「可愛い後輩の恋路を応援すべきか、」
「色事にうつつを抜かさずに部活へ集中しなさいと言うべきか…」
彩子の言う『後輩』とは晴子のことで、の言う『後輩』とは流川のことである。
どちらにしても晴子には厳しい未来が待っている。何せ相手はあの流川なのだから。
とても幸せな未来が想像できず二人のマネージャーは同時に深い溜め息を吐いた。
「っと、彩子ちゃん試合始まるっぽい」
「あらホント」
メラメラと互いに炎を燃やしあう流川と桜木に軽い期待を抱きながらは日誌にメンバーチェックをつけていく。
審判の名前を記入するところでは三井が試合に出ず審判をしていることに気付いた。
タオルを頭に巻き笛を咥えて試合を管理する三井の目は自分がプレイしているときの様に真剣で。
バスケットに関しては切ない程ストイックで真摯な三井を見ていると、以前体育館へ襲撃を仕掛けた人間と同一人物とはとても見えなくなる。
それでも審判という実際にボールへ触れることのない仕事は三井へ物足りなさを味合わせるのか、どこかもどかしそうにソワソワと腕を動かしていて、は頬を緩ませた。
試合の進む中で桜木が眼を見張るプレイをしていると、いつもは動きの鈍い安西が椅子を立つ。
「三井君」
「はい?」
「桜木君を抑えてくれるかね」
口から笛を外した三井がリバウンドをとる桜木を見やると口端を上げて笑った。
「やりましょう…」
頭に巻かれていたタオルをバサッと翻して外し不敵な笑みを浮かべる三井が驚くほど男前で、は一瞬呼吸が詰まる。
「あ、三井さん笛とタオル」
「おう」
一拍開けてからは自分の仕事を思い出したように手を差し伸べ三井からホイッスルとタオルを受け取った。
笛の紐を首へ通して掛けるだけの動作だが、のそれにはどことなく品と色気がある。
思わず見とれてしまった三井だが流れるように笛を唇へ触れさせたに「あ」と声を出してしまった。
疑問符を浮かべたが首をかしげて三井を見るが半ば反射的に三井は顔を背けてしまう。
『間接キスだ』なんて、そんな幼稚なことを考えてしまったなんてことは。口が裂けたって言えない。
ホイッスルの音が体育館へ響く。
「メンバーチェンジ!」
「角田、交替だ!」
一瞬頭を過ぎった考えを振り払うように頭を振ると三井は2年の輪の中へ入った。どこまでもバスケットに対してはストイックだ。
「何やってんだお前ら1年相手にまったく!!負けたら腕立て50回だぞわかってんのか!?
そんなことだからウチは選手層が薄いだのベンチが弱いだのと言われるんだ。くやしくねーのか」
「スイマセン………」
「オレがセンターをやる。いくぞ!!」
再び鳴り響くホイッスルが試合の再開を告げる。

桜木を最も効果的に押さえ込むディフェンス。宮城とのコンビネーション。ファウルのもらい方。
三井のプレイはどれもが一級品で、眼を奪われずにはいられなかった。
バスケットをしている三井は他のどんな時より良い意味でも他の意味でも子供で、純粋で、男だった。
胸が締め付けられるような切なさには眉を顰める。
「お前はもっとゴール近くでボールもらわないとダメなんだよ桜木!!」
「敵の言葉は聞かん!」
まるで出来の悪い弟を持った兄のような親身さで的確なアドバイスを送る三井の時折漏らす微笑が憎らしい。
こんなに心を掻き乱されるなんて、思ってもいなかった。
は左頬に通った一筋の傷を覆い隠す様に左手で頬を覆う。
「ふむ…」
ラスト1分を切った頃リバウンドを取った桜木のシュートの外れる様を見て安西が呟いた。
「どうやら彼自身にも課題は見えてきたようですね…」
「三井がわからせてくれました…」
元々この試合の狙いは初心者である桜木を短期間で育て上げるために彼の課題を明るみにすることが目的だった。
それを三井は十分理解した上で更に桜木自身へその課題を気付かせた。
他人に言われるままよりも自分で自分の欠点を理解している方が上達も早い。
そのことが自分自身よく判っているからこそ、三井は少しでも安西の助けになりたくて狙い以上の効果をもたらしたのだ。
そしてそれを赤木もも、おそらく木暮も理解しているのだろう。
「速攻!!」
流川のパスカットにボールは宙を舞いゴールへ向かって桜木と流川が走る。
驚くべきスピードで三井の横を通り抜けようとする二人の速度に三井は「速い!」と吃驚の声を漏らした。
とっさに流川へブロックに行こうとした三井を読んでいたのか流川はタイミングを狙って平行して走っている桜木へパスを出す。
しかし桜木がリターンパスを出さなかったために二人は同時にゴールへ突っ込んだ。

「ま…とにかく桜木の課題はあと3日でゴール下のシュートが入るようになることだ。これから3日間は寝る間もないと思え!!」
「ジャマしやがって!!そんなにオレがヒーローになるのが妬ましいか!」
「何でリターンパスを出さねえ、このどあほう」
「…聞いてないよ赤木さん」
ダメだこりゃ…と溜め息を吐く赤木とをよそに未だゴールにぶら下がったまま蹴り合いを続けている流川と桜木を必死に宥めている木暮はいつも損な役回りのように思われる。
「まったく、どっちか引くことを知らんのかお前らは!」
やれやれと呆れたように、だが面白いとでもいうように言う三井へはタオルを差し出した。
「お疲れ様」
「サンキュ」
無造作にタオルを頭へ被った三井はの顔が紅潮していることに気付くとの顔ほどある大きな手で額を包む。
「…なに?」
「熱はねぇみたいだな」
「うん?」
「顔赤いぜ。大丈夫か?」
左頬に走る線をくすぐる様に触れる三井の指は、切なさを伴う程静かで。
「…体育館の中、熱いからかも」
絞るように出した声は震えていたかもしれない。
「ならいいけどよ」


待って、待って。待って。

そんな優しい顔で笑いかけないで。


   
戻って来い約1年前の文章力。